Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2005年07月

 久しぶりに気合を入れて買い物に行ったら、疲れた…。
 でも、デパートのお兄さんの対応がとっても良かったので、いい気分になりました☆店なんだから、対応が良いのはあたりまえだろ〜って思ったそこのあなた!韓国に来る時は気をつけて下さい!韓国では、店員の態度は悪くてもそれがむしろあたりまえ〜みたいな雰囲気漂ってますんで。あたりまえ、は言い過ぎかもしれないけど、日本のサービス精神に慣れきった人が、その感覚のままやって来ると、気分悪くなれるだけのものは取り揃ってます¥
 
 たとえば、コンビニやカフェや屋台の店番してる人がケータイでメールしてるのは日常茶飯事だし、メールじゃなくて電話してる時もあるし(若者もそうだし、おばちゃんおじちゃんも)。大抵は、まぁお客さんが来なくて暇な時にだけど、ツワモノになると、お客さんが来てもメールしてたりするからね〜。それから、私が日本に一時帰国するチケットを予約しようと思って行った旅行代理店では、私がちゃんと営業終了時間を調べて行かなかったのも悪かったんだけど、どうやらまだ営業してると勘違いしてしまった私に対して、お姉さんが「もう営業終わりなんですけどぉぉ〜お客さぁ〜〜ん」と嫌味ったらしく言われ大きなため息をつかれたこともある…(-_-;)泣きたくなった…。もちろんその代理店でチケット買わなかったことは言うまでもありませんが。
 
 百貨店とかに行けば、まぁやっぱそれなりに対応は良い。でも、それは、やっぱり売ろう売ろうとしてる雰囲気が伝わってくる愛想のよさであって、良心的なサービス精神じゃない気がするんだよね。観光客の多い南大門市場(ナムデムンシジャン)とか東大門市場(トンデムンシジャン)に行くと、その更に顕著な例が見れるけど(笑)。
 
 今日のお兄さんは、そういう悪い意味での愛想のよさもなく、とってもいい感じだった。私、買い物する時って、すっっっごい優柔不断でめちゃめちゃ時間かかるんだけど、嫌な顔ひとつしないで待ってくれたし、他のお客さんの対応もしつつ、私の質問に丁寧に答えてくれた。
 
 そして、なんと言っても今日うれしかったのは、そうやってそのお兄さんときちんと韓国語で会話をしながら、買い物ができたってこと!!買い物してる時はより良いものを買おうって気持ちでいっぱいいっぱいで気付かなかったけど、後から考えてみれば、2,30分くらいの間、全〜部韓国語で、必要なことを聞いて、相手の言ってることも理解できて、ちょっと値下げもしてもらって…ってな具合に、買い物ができてたよ私!!すげっ!!
 
 設定してた目標が現実的じゃなかったってのもあるのかもしれないけど、自分ではなかなか思ってたほど実力が上がんないな〜って、実はちょっと凹んでたりもしたんだよね。でも、今日のそれで、やっぱ目には見えにくくてもちゃんとちょっとずつ実力ついてんだなぁって実感できたのが、うれしかったぁ☆
 
 
 

 会えないことは大前提なのに、会いたいと思う気持ちは、毎日止まらない。

 ふと頭がヒマになると、彼のことばっかり考えちゃう。と言うか、頭がヒマじゃないときでも、何か他のことに集中しなきゃいけない時でさえ、考えちゃう。特に、疲れてる時は、しんどくって、つい頭が現実から逃げがちになる。彼のことだけ考えていられれば、何もかもどうでもいいような気分になってしまう。

 前にもスピーチの原稿に、韓国に来て一番つらいことは、彼に会えないことだって書いた。そしてその原稿には、数分間のスピーチとしてまとめるために「考え方を変えたら、結構楽になった」って書いたし、それはそれである時には本当…なんだけど、ある時には全くのウソ。今でも会いたくてどうしようもなくなると、何もかも手につかなくなっちゃうような時がある。

 

 こういう気持ちは、友達に言ってもわかってもらえないだろうし、わからないなりに気を遣ってもらうのもなんとなく嫌なので、ほとんど口に出したことがない。言い出したら、毎日言わなきゃならなくなっちゃうってのもあるし。でも、友達と何気なく話している時にこういう感情が急に襲ってくる時も多々あって、そんな時は、疲れてなくても、つい「ちょっと疲れてて」って言っちゃうんだよね。その一言には絶大な効果があって、それ以上追求されることもなければ、大抵はちょっと心配してくれた上で、放っておいてくれる。そういう気分の時は、放っておいてもらいたいって、いつも思う。

 

 この感情は、もちろん彼への私の気持ちの大きさを実感させてくれるものでもあって、甘くてけだるい感覚。会えないことは実際本当につらいけれど、その切なさに浸って、自己憐憫に酔ってる部分もあるから、気分が悪いわけじゃない。むしろ良いくらい。他のことは何も考えないでずっとこうしてられたらどんなに楽だろう…って、数え切れないほど考えた。

 

 でも、もちろんそれでいいはずがないってこともちゃんと考えていて、それでいいはずがないっていうよりは、私自身、そんな毎日が嫌だと思ってた。なんでかって言うと、自分が思い描いていた韓国生活が送れてないって感じたから。

 勉強への集中度も低くなるし、いろいろなことを心から楽しめていないって思う瞬間も多い。授業含め、「恋人がいなかったら、もっと集中して楽しめたんだろうなぁ」って思うこともしばしば。ふと気付けば、私が韓国留学を決めてから、韓国に行って韓国語を勉強する生活というのを頭の中で思い描いていた期間の大半は、私には恋人がいなかったわけで、もちろん韓国に行ってこんな気持ちで苦労するなんて想像すらしてなかったんだよね。だから、「これはあの頃から考えると、かなり予想外の事態になってるよな〜」と思ったりもする。

 そんでもって、それ以上に自分が嫌になるのが、「会えないってわかってても、会いたい(>_<)って気持ちは、沸き上がって来ちゃってどうしようもないんだから、しょうがないじゃん」と思って、これだけつらい思いをしているんだから、他のことはとりあえずどうでもいいと思っちゃって、それを言い訳にしてやるべきことを後回しにしちゃう時。

 

 このことで人との付き合いが薄くなってしまってる気もする。

 今、沢木耕太郎の『深夜特急』を読み返しているんだけど、ちょうどこないだ読んだ、沢木がカブールからカンダハルへ向かう道程で感じたことに、私はすんごく同感してしまったんだよ。それは、ヒッピーというのは、その土地の人達との触れ合いが、そして人と人との関わりの最も甘美な表出の仕方である親切こそが、旅の目的そのものになっているというのに、疲れによって、その親切をわずらわしく感じてしまう、これはかなり危険な兆候だ、という件。『いけない、いけない、と思いながら、彼と喋る気力が湧いてこない』っていう言葉に、今の自分が重なった。

 私は韓国に来れさえすれば良かったわけじゃない。ここで、6ヶ月間で出来る限りの勉強をして、多くの人と触れ合って、たくさんのものを見て、いろんなことを感じたい、学びたいと思ってやって来た。でも、今の私は、グダグダ言ってもどうしようもないことにグダグダ言って、それを言い訳にやるべきことを後回しにして、自分一人の世界に浸って、人との関わりを自分から投げちゃうことが少なくない。これじゃあ、充実した韓国生活を送ってるとは言えないし、韓国に来た意味の根本の問題にまで関わって来るよね。

 

 そして何より、そんな風に心から楽しめていない、思い描いていた韓国生活が出来ていない理由が、彼だってことが、ショックだった。私だって本当はもっと積極的に、楽しく、授業受けたり、友達と遊んだりしたいって思ってる。自分でも、こんな生活にいいかげん嫌気がさしてて、もっと単純に、毎日を楽しめたらいいのに…って思ってるのに、実際はそうはできてなくって、その原因が「彼氏に会えなくてつらいから…」だなんてさ。そんな気持ち抱えて毎日過ごしてるなんて言ったら、彼氏に叱られるよ!!って思った。せっかくの韓国生活なんだから、もっと楽しめよって、絶対に言われちゃうなって思ったんだ。声が聞こえてくるくらい。

 

 

 でも、もう一回言わせてもらうけれども、彼に会いたいという気持ちは、本当に毎日止まらないんだ。今までにも、このままじゃ駄目だって思って、なんとか自分を奮起させて、新しい気持ちで生活しようとしたことあったけど、いつも長くもたなかった。どんなにがんばったって、やっぱり寂しい時にはさみしいんだもん。自分は悲劇のヒロインぶってるんじゃないか?なんて自分に対して考えた時もあったけど、そしてもちろんそういう切なさに浸ってる時もなくはないけど、多くの場合はそんなのとっくに通り越して、本当につらい。数ヶ月経てば慣れていくものかと思ってたけど、全然だった。

 自分で言うのもなんだけど、私は自分は結構強い人間なんじゃないかと思ってた。韓国には自分が行きたくて行くんだし、6ヶ月なんて全然短いじゃん、余裕余裕〜って思ってた。ただ好きな人に会えないってだけで、こんなに日々の生活に影響が出るなんて思ってもなかったんだ。

 

 

 この、常に襲いかかってくる寂しさと、充実した韓国生活とを、どうやって兼ね合わせて行くかが、今の私の最優先課題。

 今までは、この気持ちは「乗り越えなければ」いけないものだと思って、かなりもがいてたんだ。実はこの文章も、6月の終わりくらいに一番始めの形を書いて、機会があったら更新しようと思ってたんだけど、気持ちが揺れっぱなしで落ち着かなくて、頑張ってした決心も結局もたなかったりしたこともあって、文章が全然まとめらんなくって、書きたいんだけど書けない、書けないんだけど書きたいって感じの状況がずっと続いていたもの。なんとか書くことで、自分の気持ちに区切りをつけたいって思ってたようなところもある。だけど、気持ちに区切りがつかなきゃ書き続けることができない気もしてた。

 「乗り越えた」ところに答えがあるって、「乗り越え」さえすれば、後は自分次第でいくらでも楽しい韓国生活が送れるって、ちょっと大袈裟かもしれないけれど、そんな風に考えてた。でも、最近になって、毎日このことを真剣に考えてみて、気付いたんだ。どんなに頑張ってみたところで、考えてみたところで、もがいてみたところで、書いてみたところで、この、毎日湧き上がってくる彼への想いは、止めようがないし、そして止める必要もないんだってことが。

 これは経験からわかったこと。さっきも書いたけど、今までも、この気持ちと折り合いをつけようと、努力したことはあって、「どんなに会いたくってしょうがなくても、こればっかりはただ時間が過ぎてくれるのを待つしかなくって、どうせ同じだけの時間を過ごすんだったら、ウジウジと会いたいよぉ…って言ってるんじゃなく、充実した、前向きな時間を過ごすべき!」なんて自分を奮い立たせたことも何回もあったんだけど、そうしてみても、想いは止まらなかったんだよね。むしろ、そうしなきゃそうしなきゃって思うから、ますますそうできない自分に自己嫌悪した。

 でも、どうしようもないものだって考えてみれば、それはあたりまえのことなんだって気付いた。気付いたきっかけは、彼からのメールだったんだけど。あたりまえの感情なんだから、抑えつけるんでもなく、乗り越えるんでもなく、そのままにしていけばいいんだって思えるようになったんだ。会いたくてどうしようもない気持ちの大きさは、そのまま彼への気持ちの大きさなんだから、こっちにいる間は、やり場のないその気持ちを毎日こつこつ貯金していくイメージで。そしたら日本に帰るまでにはたくさんの想いが積み重なって、頑張った分の利子もついて()、きっとつらかった気持ちの何倍も、幸せな気分で2人の時間を過ごせるって思うからね。

 

 

 すっごく楽しいことをしている時は、彼のことを忘れてる。彼氏なんていないみたいな気になってる。そして、ふと思い出した時に「あ、今私彼のこと忘れてられるくらい楽しめてた」って気付いて、そういう時はちょっとホッとするというか、サニーの言葉を借りれば「やった!」って感じなんだ。彼のことを考えて、浸っているのも楽しいけど、それにはいろいろな甘苦しさがつきまとって、なんかちょっと不健全な気がしなくもない。それなら、この、心から楽しむってことを自分でコントロールしていけるようになったら、彼のことを考えて浸っちゃう時間も減って、韓国生活において本当に楽しむ時間も増えて、一石二鳥じゃないかって思うんだよね。もちろんいきなりそんなに上手いことはいかないとは思うけど、「この気持ちに浸っていたいから、別にいいや…」と思って、積極的にやってこなかったことに対して、これからはちょっとずつ、本気で関わっていこうって思ってる。

 

 せっかく韓国にまで行って何してるんだかって思う人もいるかもしれない。会えないのはしかたないんだから早く割りきっちゃいなよって思う人もいるかもしれない。でも私はどうやらなかなかに弱いみたい。こんなことでいつまでも苦戦してるよ。

 私が大好きなシリーズ小説、「おいしいコーヒーのいれ方」の第七巻『坂の途中』(村山由佳,集英社文庫)の中にこんな言葉があって、これもまた目に留まった。『恋をすると、人は強くなれるんだろうか。それとも、弱くなってしまうものなんだろうか。』

 彼のことを思って、思い通りの生活が送れていない葛藤について書いて来たけど、でも逆に、彼のことを思って「頑張ろう!」って気になる時も、もちろん沢山ある。それから、彼に会えない寂しさがなかったら、他のことでもっと悩んでたのかな?とも思う。今、私の生活の中で一番つらいことは彼に会えないことであって、それと比べたら、いろいろな問題も大した事ないように思えてる部分ってある気がするんだ。だから、この甘い苦しみの分、他の悩みが大した事ないって思えているんだったら、私が彼と付き合ってから韓国に来た意味は大いにあるのかも…ってね。

 

 彼の存在がなかったら、もっといろんなことができてたのかな?もっと勉強にも集中できてたのかな?もっと思い描いていたものに近い韓国生活が送れてたのかな?それは、誰にもわからないこと。私は、どんなに苦労しようとも、彼とつきあっていることに後悔はないし、「彼がいなくて、より韓国を堪能できた6ヶ月」よりも「思ってたほど堪能できなかったかもしれないけど、彼がいた6ヶ月」だったら、やっぱり後者をとる。これは、恋人がいなかった時の自分が聞いたら「甘いよー!」って言いそうな言葉なんだけど()。でも、それだけ本当に大切な人だってこと。韓国語の勉強や韓国について知っていくことは、この6ヶ月が終わっても、できるから。

 もちろん「彼がいて、その上で最大限充実した6ヶ月」にする努力は忘れないようにしていかなきゃだけどね。

 

 

 以上、一部ノロケに聞こえるかもしれないけど、真剣な話でした。

 毎日付き合っている感情ってだけあって、たくさん言葉を使わないと書けなくって、使ってもまだ書き足りない気もしていて、遠距離恋愛をしたことがない人にとっては(したことあっても、私みたいに感じたことのない人にとっても)、すごくわかりにくい文章になっちゃったかもしれないけど、最後まで読んでくれて、どうもありがとう☆

 

 今日は韓国語文化教育センターの夏祭りがあった!その名も「한 여름 밤의 꿈(ハン ヨルン パメ クム、ひと夏の夜の夢)」。今終わって、これ書いてます。
 
 そこまで規模の大きいものじゃなかったんだけど、夕方の6時にみんなが集まってきて、まずは外で食事。このイベントは、普通ならみんな夏休みであるはずの暑い夏に、よくがんばって勉強してますね〜という労いの意味があるらしく、食べ物の屋台は先生達が出してくれた。ビールを飲みながら、チキンを食べる…맛있다!!(うまい!!)
 
 その後は、インチョン記念館なるホールで、いろんな出し物。歌を歌う人もいれば、ダンスを踊る人もいるし、扮装コンテストもあって、なかなか楽しかった☆特に扮装コンテストは、クラス単位で、ひとつのテーマを決めて扮装をして、舞台上でちょっとしたスキットをやるんだけど、それが、どのクラスもすごく工夫してあって、たくさん笑わせて貰ったよ〜(^o^)マジ超ウケた。
 
 最後に、サムルノリっていう韓国の伝統的な農楽隊が出てきて(←たぶんこれは、高麗大の学生。そういうサークルがあるから)、演奏をしてくれた後、「じゃあみなさんも舞台に上がって一緒におどりましょう!!」って先生が言い出して、踊りたい人はどんどん舞台に上がってった。私も、ちょっと恥ずかしかったけど、すごい楽しい気分だったから、舞台に上がって一緒に踊っちゃいました☆あー気持ちよかった!
 
 今日も、このイベントに行くまでは、またダルイな〜、ちょっとめんどくさいな〜なんて思ってたところがあったんだけど、行ったら行ったでやっぱり楽しいんであった。何事も、難しく考えないで単純に楽しむってことは、大事だよな〜って思った。
 
 
 

 時間の都合により、家から写真のデータが持って来れんかった!…ということで、昨日のトンアリのアップは無しにして…。
 
 
 さっき、高麗大生の友達のサニーと、その彼女と一緒にごはん食べてきた!楽しかった〜☆サニーの彼女は中国人で、2人は去年日本に留学してる時に出会ったんだけど、今は留学も終わって離れ離れ…(;д;)…だったところに、今年の夏、高麗大学でインターナショナルサマーキャンパスなるものがあって、それに参加するという名目で(笑)、今彼女がこっちに来てるのだ!!(中国から韓国に来るには、簡単にビザがおりないので、お互いに行ったり来たりするのがなかなか難しいんだって)
 
 サニーの彼女とは私も日本にいる時に一回だけ会ったことがあったんだけど、その時はほとんど話ができなかったので、今日はちゃんと話せてうれしかったな。ぶっちゃけ、会う前は、ちょっと疲れてたのもあって、誰かと会うのめんどくさいな…何しゃべればいいんだろ…って思ったりもしてたんだけど、会ってみたらそれは杞憂で、是非また一緒にごはん食べながらしゃべりたいって思った(←こういうこと多い)。
 
 遠距離恋愛の話にもなって、ちょっと恥ずかしかったんだけど、私が今抱えてる寂しさの話をしたら、サニーがそれを自分も同じって言ってわかってくれて、すごくうれしかったです。思い切って言ってみてよかったなって思った。
 
 2人が、ただ2人でいるってだけで、すごく幸せそうに見えて、でもそれはきっと私が恋人と長く離れることがどれくらいつらいのかを実感として知ってるから見えたことなのかもしれなくって、そう思ったら、ただ単に2人と食事をしたんじゃなくって、とても幸せな2人と食事をしたってことが、すごくうれしくなったし、それをちゃんと感じ取れた自分ってのも、うれしかったな。小さなことかもしれないけど、彼氏と離れているつらさが、こうやって小さな幸せに気付かせてくれたのかなって思ったら、ちょっと心が暖まって、疲れがとれていくのがわかった。
 

今日は、ソウルの達人トンアリ第2弾で、マポ(麻浦)区へ行って、今帰って来ました〜☆楽しかったけど、疲れたので、今日はこれにて…。明日にはアップできるといいんだけど(^^)

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