Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2005年09月

全然音沙汰なくってごめんなさ〜い (>△<;)!!
なちこ、無事に帰国しております!!

 帰って来たらブログの更新はもちろんのこと、荷物の片づけやら友達への連絡やら写真の整理やら新生活の準備やらをちゃっちゃかしようと思ってたんだけど、予想以上に疲れが取れなかったのと、気が抜けちゃったのと、寂しくて何にもする気になれなかったので、全然事が進まず、だらだらとした日々を過ごしてしまっていました。
 でも、泣いても笑っても10月からはボラスタ生活を始めないといけないので、そろそろ本気で動き出さなければ…って感じです。まだまだいろいろと考えるところはあるのだけれど、とりあえず体は動かさねば…。

 帰国前後の話とか、帰ってきてからのこととか、書きたい気持ちはあるんだけど、書き始めたら止まんないだろうってのもわかるし、たぶんそんな時間はなさそうなので、時間があれば書くけど、おそらく時間はないだろうとだけ言っときます(笑)。


 書きたいことはありすぎるくらいあるけど、取り急ぎ、帰国の報告ということで。

 

 10日間も音沙汰なくてすんまそん!!この10日間は、本当に長かった。でも、あることを考え続けているうちにいつの間にか過ぎてしまった10日間でもあった。そのあることというのは、前回の記事に書いた「私を悩ませてること」。それがやっと解決したので、こうしてブログを更新できる精神状態に戻ったって感じです。具体的に解決に向かったのは、先週の金曜日。その日は、この韓国留学に来て以来の最低で、最高の日になった。どういうことかって?じゃあ一番始めから説明していくね。

 

 まず、私の悩みとは一体何だったのかというと、ズバリ、「お金」。問題自体は実にシンプル。お金がなかったの。もともと、3月に韓国に来る時点で、ギリギリの予算しか持って来ていなくって、「上手く節約できて、これで足りればしめたもんだし、もし足りなそうだったら、日本から送金してもらおう」こんな感じだったんだよね。で、6月下旬の時点で、実は「あ、これはどうやら足りなそうだな…」という予感はあったから、一時帰国の時に日本から足りない分を持ってこようと思ってた。でも、春学期の終了式で奨学金50万ウォンをもらえることになったので(←「もらったので」じゃなく、「もらえることになったので」というのがミソ!)、「あ、これは日本から持ってこなくてもとりあえず大丈夫かな」と思って、結局は日本からお金は持って来なかったんだ。念のため持って来ておくって選択肢もあったけど、あったらあったで使っちゃう気がしたから、そういう意味でも持ってこなかった。もし、それでまた足りないようだったら、今度こそ日本から送ってもらおうって思ってね。

 そして、8月になった。その前から、お金ないよな〜ないよな〜って気はしてたんだけど、8月の下宿代を払ってみて、本当にお金がない!!ってことを実感した。そもそも、お金ないよな〜って「気がしてた」のは、前学期の奨学金が、夏学期は8月になってもまだ振り込まれてこないってことにも原因があった。もともと春学期の終了式の時点で「2週間くらいで振り込まれます」と言われていた奨学金が、1ヶ月半経っても振り込まれていなくって、私の中では、奨学金が振り込まれたら、そこで初めてきちんと自分の持ってるお金とこれから必要なお金の計算をしよう!っていう気持ちがあったもんで、一応の節約はしつつも、きちんと自分の持ってる金額を把握してなかったんだよね。だから、下宿代を払った時に通帳の残額を見てびっくりしたわけ(下宿代ほど一度にお金を降ろす時はないもんで)。で、早く奨学金貰って計算をしようと思って、8月9日に事務室に「奨学金はいつになったら入るんですか!?」って聞きに行ったんだけど、そん時も「今週の金曜日か来週の月曜日には振り込みます」って言われたから、「あーやっと入るのか、よかったよかった」と思って、またしても奨学金が振り込まれるのを待ってたんだ。本当に待った。てゆーか、その週の金曜日にも次の週の月曜日にも入ってなかったけど、何か事情があるのかな…と思って、もう数日待ってみたんだ。でも入って来なかったんだよぉぉ!!で、もう一回言いに行ってやろうかと思ったけど、言いに行ったその日にとか、その次の日に振り込まれたら…って考えると、もうちょっとだけ待ってみようって気持ちになったので待ちつつ、でもこれからのお金のことは本当に心配になってきたので、奨学金の分も含めて残りの生活費と帰るための費用を計算してみた(この時点では、旅行をしながら帰ろうと思ってたので、旅行の費用も入ってる)。そしたら多めに見積もって9万円ほど足りないことがわかった(奨学金とは別に)。なので、日本の実家に送金を頼むことに。8月の何日だったかは忘れたけど、母がすぐに送金してくれて、その日が22日だったから、その数日前だったんでしょう、とにかく日本からの送金をお願いして、母は8月22日に送ったとのことだった。

 さて、その送金方法なんだけど、あやこの話とインターネットで調べたところによると、日本から韓国にお金を送る方法は住所宛の郵便為替で送るか郵便局の口座に送るしかないとのことだった。私が高麗大の語学堂に授業料を送金した時は、銀行の口座だったんだけど、インターネットでしらべたら、銀行の口座へは、法人から法人しか送ることができないらしきことが書いてあったので、じゃあうちの家族が私の銀行口座に振り込むのはできないんだな、と思って(しかもその授業料を振り込む時も、東京にある大手の銀行からじゃないと韓国への送金はできなかったから、どうせ個人→個人で銀行口座に振り込めたとしても、小田原からじゃ無理そうだったので)、どっちにしろ住所宛の郵便為替しか方法はないだろうとの結論に達し、ちょっと不安はあったんだけど(どうやら私宛の郵便で、私の元に届いてないのがあるっぽかったから)、でもそれしか手がないなら、そうするしかないでしょ〜と思って、住所宛の郵便為替で送ってもらうことにした。私宛の郵便で、ちゃんと届いてるものもあったから、そっちに賭けたとも言える。どっちにしろ、為替だったら送られて来るまでの記録は残ってるんだから、届かないようだったら、郵便局に問い合わせればいい。そんな風に思って、住所宛の郵便為替で送ってもらった。そして結局奨学金は振り込まれないまま、9月になってしまった。

 

 ゆうちょのホームページによれば、通常住所宛の郵便為替は5〜10営業日で届くとのことだったんだけど、私にはちょっと心配なことがあった。それは、為替の換金は「発行日の翌月の初日から3ヶ月間有効」という記述。発行日とはいつのことを指すのか。もちろん為替を発行した日なんだろうけども、日本から韓国に送金する際、その為替の発行日というのはいつになるのか、日本の窓口で「送金お願いします」って言った日なのか、はたまた韓国にその送金依頼が届いてから為替発行となるのか…。それによって、私の手元に為替が届いても、換金できないかもしれないっていう不安があった。うちの母が日本の窓口でお金を払ったのは8月22日。そこから最大10営業日かかるとしても、私の手元に届くのが、9月5日。もし、私の手元に届く数日前が為替の「発行日」となるんだとしたら、その為替が私の手元に届いたところで、換金はできないってことになる。そしたら、どうしたらいいの!?帰りの費用は友達に借りるとかするとしても、私は9月中に日本に帰らなきゃいけないわけで、もうしばらく韓国に来る予定はないわけで、為替の換金には身分証明書が必要なわけで、もしも為替の発行日が9月の日付だとしたら、その為替は換金ができないことになる。もちろん事情を説明してどうにかできるかもしれないって希望もあるにはあったけど、でもそれも実際に出来るかどうかはわからない。そんな不安があった。でも、実際お金を送ってもらう方法はそれしかなかったので、8月中に届けば問題ないんだし…っていう望みを持って、送ってもらった。でも、実際8月中には届かなくって、5営業日を過ぎた時点で下宿のアジュンマ(おばさん)にも「たぶん英語で書いてある、日本からの私宛の郵便物が来ませんでしたか?」って聞いたんだけど、届いてないとのことで、これまた9月になってしまった。

 

 9月が始まった時点での私の所持金は、143,286ウォン。下宿代も払えない。さすがに危機感が生まれて来てたけど、5日には届く、5日には届く、と思って、信じてがんばった。毎日、学校から帰るたびに下宿の郵便受けをきっちりチェックして、自分の部屋の前の床に郵便物が置いてあるのを期待して(アジュンマが私宛の郵便物を受け取った時は、私の部屋の前の床に置いておくので)玄関のドアを開けたけど、結局5日になっても6日になっても、郵便受けにも、部屋の前の床にも私宛の郵便は届いてなかった。さすがに心配になった私は、最寄の郵便局で調べてもらおうと思って、郵便局に行って事情を説明した。そしたら、その郵便局の人は「10日以上かかる場合もあるから、あと数日は待ってみて」というようなことを言ったんだ。直訳すると「あと数日は待つ価値がある」って感じ。それを聞いて、韓国だからそんなこともあるだろうと思って、韓国の郵便局員がそう言うんだから、まぁ待ってみようかと思って、その日はそのまま家に帰ってきた。もしかして、「もうちょっと待ってみたらどうですか?」とか言われてたら、「いや、もう十分待ったから、ちょっと調べるだけ調べてください」って言ったかもしれなかった。そして、そう言ってればもうちょっと早く問題は解決しただろうってことも今だったら言えるけど、その「待つ価値がある」って言葉にしてやられたね()。私はもう数日待つことにした。でも、結局またしても、為替は届かなかった。毎日、今日こそは!と信じて下宿に帰って、郵便受けにも部屋の前の床にも何にもなかった時の失望感、これはなかなかのもんでしたよ。もう絶対味わいたくないホント…。9万円分という大金の為替が、本当に私の手元に届くのか、また例の韓国人の適当さで、どっかに行っちゃったんじゃないか、もし日数がかかって私の手元に届いたとしても、換金が出来なかったら意味がないし、9月が深まれば深まるほど、為替の発行日が9月の日付になる可能性も高くなると思ったから、本当に気が気でなかった。私は、悪い方に考えると本当に悪いことが起こるって考えてる人間なので、できるだけ楽観的に考えるように、良い方に良い方に考えるように努力はしてたけど、さすがに最後の方は、気が狂いそうだった。自分のお金がないわけじゃないのに(その送ってもらったお金は、うちのお金じゃなくて、私の貯金)、あるのに、手元に届かない。これは本当にもどかしかった。

 

 そしてやってきた運命の金曜日(9月9日)。期末試験を全て受け終えた後、友達と約束があったので、全然乗らない気分でしぶしぶ出かけた。もしかしたらその日の午後に届くかもしれない…という最後の望みがあったので、その友達と会って、下宿に帰って、それでも届いてなかったら、今度こそ郵便局に行って調べてもらうぞ、と思って。で、最後の望みも見事に裏切られ、下宿に戻っても何にも届いてなかったので、郵便局へ。また「もう数日待ってみて」って言われるかと思ってちょっとドキドキしながら行ったんだけど、窓口のおばさん(こないだあと数日待ってみてって言った人)は、意外にも「本当にまだ届かないの!?」って顔をして、すぐに記録を調べてくれた。

 そこでわかった衝撃的事実。なんと為替は8月26日に「ソンジョンジャ」というサインで受け取られたと言うのだ。「ソンジョンジャ」は、下宿のアジュンマの名前。配達の記録にも、下宿のアジュンマに預けたらしきことが残ってた。

 そこで、私は「でも、下宿のアジュンマには、そういう郵便物が届いてないか何回も確認したけど、届いてないって言われました」ってことを言おうと思ったんだけど、その郵便局員の人が、とりあえず下宿のアジュンマに確認してこいって言うし、私も、アジュンマが忘れてるだけってこともあるかと思って、一旦下宿に戻って、アジュンマに聞いてみた。

 でも、アジュンマは「受け取ってない」「知らない」って言う。私が、「もしかしたら英語の郵便物だったかもしれないけど、英語で来てもアジュンマ読めますか?」って聞いたら、そういうわからない郵便物が届いたら、私たち下宿の学生に聞くはずだ、だから受け取ってないって言う。

 もう何が何やら、本当にわからなかった。アジュンマが受け取ったのか?受け取ってないのか?受け取ったのに忘れてるだけなのか?受け取った上で、受け取ってないフリをしてるのか?受け取ったけど、何の郵便物だかわからず、英語で書いてあった私の名前も読めず、そのまま捨ててしまったとか?受け取ったことも捨ててしまったことも、私の話を聞きながら思い出したけど、本当のことは言えなくて、忘れたフリをしてるんじゃないのか?なんかもう、そういういろんな疑惑が浮かんできて、本当に頭がおかしくなりそうだった。泣いていいよって言われたら、その瞬間に泣き出せるくらい、涙が下の瞼のギリギリのところまでせり上がって来てた。

 アジュンマに、そんな大事な郵便が届くなら、先にそれを言っておかなきゃダメだろうって言われて、確かにそれはそうだと思った。実際私は自分の手元にそれが届かないかもしれないっていう危惧を持っていたし、言うべきだったのかも、とも思う。言っておいたら、この問題は起こらなかったのかもしれない。でも、なんかそれをアジュンマに予め言っておくことは、この韓国という国を、そしてこの自分の暮らす下宿を、ハナから疑うことのような気がしてたのも事実なんだ。言っておかないと、どうせこの国のことだから、どうせこの下宿のことだから、どうせこのアジュンマのことだから、届かない可能性が高いだろう…。そんな風に思う自分が嫌だった。言わなくても届けば、それが一番いいじゃんって思ってた。実際何も言わなくたって、私の手元に私宛の郵便が届いたこともあったわけで、今回だって「私宛の郵便」には違いないんだから、そんな風に届くだろうって、思いたかったっていう背景があった。アジュンマが言ったことにも一理あるけど、でも、さっきアジュンマ自身が言ったように、どんな郵便が届こうが、よくわからないものがあった時に私たち下宿の学生に聞くはずだって言うんなら、そんな前もって言っておく必要だってないんじゃないかとも思う。だから、私は全く悪くないなんて言うつもりもないけど、私自身のせいでこうなったとも、全く思わない。

 とにかく、さっき郵便局の人が「下宿のアジュンマに確認してみて、もし受け取ってないって言うようだったら、もう一度来てください」って言われてたから、今度はアジュンマを連れて、郵便局まで行った。窓口で、アジュンマ自ら「受け取ってない。知らない。この子(←私のこと)は日本から来た子で、学校でも奨学金を貰うくらいがんばってるんだ。(私が既にその時点で半泣きだったのを見て→)見て下さいよ、こんなに泣いて、かわいそうじゃないですか。なんとかしてやって下さい」って言って、夕食の準備のために帰ってったんだけど、アジュンマがいなくなった後で、実際に8月26日にその為替を配達した人に連絡が取れて、アジュンマが直接サインしたっていう証言が出てきたので、本当に忘れてるにしろ(←たぶんこれだろうと思うけど)、知らないフリをしてるにしろ、全ての原因はほぼ確実にアジュンマだろうということで、郵便局員たちの意見が一致し、私としてはもう苦笑い以外の何物でもなかった…。

 その後、事情をわかってくれた郵便局員の人たちが、中央郵便局に連絡を取ってくれて、為替は再発行してもらえることになった。再発行して、もう一度下宿宛に送りますよと言われたんだけど、私はまたアジュンマに受け取られるのは嫌だと思ったし(もし、今度こそちゃんと受け取って、私に渡してくれるにしても…)、そうすると為替が手元に届くのは15日の木曜日になるとのことだったので、それじゃあ帰るための準備もできないし、私が中央郵便局まで出かけて、直接そこで為替を受け取って、換金までしてもらう方法に変えてもらった。これなら、月曜日の朝一番で行ってやってもらえるって言うから。

 高麗大郵便局の人たち、日頃、あんまり親切じゃないし、愛想も悪いな〜って思ってたけど、私が6日に「為替が来ないんですけど…」って言いに行った時も、調べもしないで「あと数日待ってみて」なんて言うだけだったから(実際は4日で届いてたのに!!)、面倒臭がってそんなこと言ったんじゃないか?とかも思ってたけど、今回こういうことが起きてみれば、きちんと最後まで状況を調べてくれて、再発行の手続きまできちんとしてくれて、中央郵便局までの行き方もきちんと調べてくれて、できたら韓国人の友達を連れてった方がいいかも…って心配もしてくれて、正直ホッとした。そんなの日本だったらあたりまえのことだし、むしろ6日の時点で調べてあたりまえだろとか言われそうだし、私だってそうして欲しかったけど、ここは韓国で、日本のあたりまえがあたりまえじゃなくて、それはそれで妥協しなきゃいけない時もたくさんあって、私もそういうのに慣れてきていた部分があったから、こんなことが起こっても、ろくに調べもしないで、適当にあしらわれるかも…って心配もあって、そしたら、何が何でも、怒ってでも喧嘩してでも、何とかしてもらわなければ…と思ってたから、彼らが常識的な判断をしてくれて、私に同情の目まで向けてくれたことが、うれしかった。あたりまえがあたりまえでないことも多いこの国で、あたりまえの扱いを受けられたことに、心からホッとしたんだ…。

 とにかく、月曜日にはお金が手に入ることがわかってまずはひとつ落ち着いたけど、この数週間、明日こそ来る、明日こそ来る…って信じて待っていた気持ちが、こんな形で裏切られたことが、本当に悲しかった。悲しかったのか?悔しかった?怒りが込み上げてきた?自分でもよくわからない。自分が悪い部分もあったし、郵便局が悪い部分もあったと思う(下宿の主人だからって、本人じゃない人間に為替を渡していいのかという問題。インターネットの情報によれば、為替を受け取る時も身分証が必要だってあったのに…。もちろん換金する時にも身分証必要だから、為替を身分証なしで受け取れたところで換金はできないんだけど)。でも、恐らく最大の原因はアジュンマであろうことが今やわかって、なんかもう本当に本当に嫌な気分になってしまったのだ。そう、一言で言うなら、「嫌になっちゃった」これが一番当てはまる。でも、半端な「やんなっちゃう」って気分じゃない。本当に心の底から、いろんな全てが嫌になってしまったのだ。

 部屋に戻って、びーびー泣いた。自分でもなんでこんな子供みたいに泣いてんだって思ったけど、止まらなかった。口を開けると、泣き声とか叫び声しかでてこなかった。韓国に来て以来、一番泣いた。泣きながら、『千と千尋の神隠し』で千尋が流してたおっきなおっきな涙のつぶと同じくらいの大きさの涙が、自分の目から出てるように感じた。問題自体は解決に向かったんだし、この下宿も、あと1週間半すれば出てくんだから、そんなに深刻に考えることじゃないって思いたい自分もいたけど、そんなに簡単じゃなかった。お金がないせいで気持ちに余裕がなくなって、お金が届くのか届かないのか、そのことに対する心配で、せっかくの最後の日々を憂鬱に過ごさなければならなかったこと。奨学金も結局振り込まれたのはその金曜日(9日)だった()から、それまで下宿代も待ってもらってたんだけど、お金が私の手元に届かなかった原因がアジュンマなら、待ってもらって申し訳ない…なんて思ってた気持ちだって、裏切られたも同じだし。本当はアジュンマに言いたいこと全部言って、本当の本当のところを知るなり、喧嘩するなら喧嘩するなりしたかったのに、そうできるほどの韓国語の能力がないこと。それから、今まで数ヶ月、実はずっと、ずーっと感じていたアジュンマへの不満が、こんな感じで確実なものとなったこと。最終的に何事もなくこの下宿を出ていけたら、小さな不満くらいは時間が経てば良い思い出になったかもしれなかったけど、今やその可能性はなくなったこと。そして、やっぱり、毎日毎日「今日1日を頑張って過ごして帰ったら、今日こそは届いてる…!!」って信じて帰って、届いてなかった時のあの失望感、一気に体の力が抜けていくあの感じを、ただのアジュンマの勘違い或いは不手際によって味わわされていたのかと思うと、もう何もかもやりきれなくて…!!!!!!

 泣きながら、彼氏に電話しようかと思ったけど、自分でもひくぐらいの勢いで泣いてたから、なんか電話できなかった(こんなこと書くと、「何そんなこと心配してんだよバカだなぁ、電話しろよ」とか言われそうだけど…)。電話したらしたで、ものすごい愚痴ばっかりになって、自分でもそんな自分が嫌だと思ったからってのもある…。ものすごい勢いで泣いてるのに、電話したら事情を説明しなきゃいけないのがめんどくさかったってのもある。でも一番思ったのは、悲しいことかもしれないけど、今のこの私の気持ちを、理解してはもらえないだろうって思ったから。他の人の気持ちを100%理解できないなんてのはある意味あたりまえなんだけど、その時の私は、100%理解してもらえないなら、むしろ1%も関わって欲しくないような気持ちだった。私の今のこの気持ちを理解してくれる人なんてきっといないだろう、それだったら、中途半端に理解されるくらいだったら、誰にも自分がこんな気持ちになったことを知られない方がましだ…ってそんな風に思った。特に、彼氏は、私が落ち込んでるとそこから引き上げてくれようとする人だから、その時の私は、引き上げられたくないって思った。私の気持ちがわかるなら、今は明るい方に行きたくないってことをわかってほしいって思ったけど、わかってくれるかどうかがわからなかったから、そのまま泣き続けた。そのくらい、本当に本当に傷ついたよ。

 

 さて、ここからは最高の日の話をしよう。1時間くらい泣いてたかな…。もちろんごはんなんかとてもじゃないけど食べる気分じゃなかったから、部屋にこもって、とにかく泣き切っちゃおうと思った。泣くのを我慢したら、絶対にどっかでまたぶりかえすだろうから、とにかく今考えたいだけのことを全部考え尽くして、泣きたい分だけ全部泣こうと思った。ってゆーか、それしかできなかった。

 実はこの日はクラスの友達で飲みに行く約束があって、私はそれをすんごくすんごく楽しみにしてたんだ。その飲み会に行ったら、絶対にすっごく楽しくって、幸せで、充実した時間が過ごせるって、確信があった。だから、だんだんと泣き止みながら、今日のことは、飲みに行って、みんなと遊んで、忘れようって、気にしないようにしよう!って、考え始めた。

 お酒を飲んで忘れるとか、友達と遊んで憂さを晴らすとか、そういうことって、今までの自分はしたことがなかったし、どちらかと言えば、したくないと思ってた方だった。したくないって言うか、できなかったんだ。だって、嫌なことは嫌なことでひとつの出来事だし、楽しいことは楽しいことでひとつの出来事であって、楽しいことで嫌な記憶を覆い隠すみたいなのって、なんか自分を誤魔化してるような気がした。嫌なことは、その嫌なことに対して何か働きかけたり、自分の中で意味を持たせることでなんとか気持ちの処理をすべきであって、嫌なことが嫌なままなのに、その後に楽しいことがあれば、その嫌なことを忘れられるなんて、それは本当に嫌なことだったのか?とか思ってた。

 でも、この日の私は、そうは考えないで、みんなと会えば今日あったことはどうでもよくなるって、信じた。信じようとしたってよりは、そういう確信があった。それは、お金の問題が、それ自体は解決に向かってるんだから、これ以上ネガティブに考えるのはよそうって気持ちと、実際のところは、誰がどれだけ悪かったからこうなってしまったということが、もう誰にも言えないのだから、とにかくもう、これ以上疑ったり、不満を抱いたりするのはやめよう、ただ気分が悪くなるだけだ、って気持ちから出たことだった。起こってしまったことを嘆いて、確実でないことに怒りをぶつけ続けるよりは、やっとお金が自分の手元にやってくることを喜んで、残りの日々を精一杯過ごすことだ、そう思った。みんなと過ごせる楽しい時間を、こんなに嫌なことで邪魔されてたまるかって気持ちもあった。ネガティブないろいろに、負けたくなかった。

 

 そう思えたのは、本当に、本当に、うちのクラスのみんなのおかげだと思う。

 私たちのクラスは、中間テストあたりまでは、他のクラスとそれほど変わらなかったけど、今や3級の5クラスの中で一番仲のいいクラスになったって、みんなが自信を持って言えるクラスだ。きっかけは、ヘスクが巣立ったあの「送別会ランチ」だったんじゃないかと思う。あの時、本当に私たちはみんなでいることの楽しさを感じ合ったんだと思う。私自身、あの時の楽しさを維持したい!失いたくない!もっともっと仲良くなりたい!って思って、みんなと積極的にしゃべったり、飲み会のまとめ役っぽいことをやったりしたしね。その送別会の時にみんなで写真を撮ったんだけど、その写真を見てヘスクが「わ〜なんかこの写真仲良さ気じゃない!?」って言ったの。んで、それを聞いてうちらは「なにそれ〜、なんか本当は仲悪いみたいじゃぁん!!」って言って笑ったんだけど、実際その時点ではみんなはそこまで仲がいいとは言えなかった(楽しくしゃべろうと思えばしゃべれたけど、深いことを話したりとかはしなかった)。だから、その言葉を聞いて、ちょっとドキっとしたというか、ヘスクが巣立っていってしまう切なさも手伝って「よっしゃ!じゃぁ本当に仲良くなろうじゃないの!」って思った人けっこういたんじゃないかなって思う。私自身が強くそう思ったから、私ほどじゃなかったとしても、そう思った人は絶対にいたと思う。実際その後私たちは仲良くなっていけたわけで…。みんなが仲良くなるためには、まずはひとりひとりが仲良くなりたいって思わなきゃでしょ?だから、あの時、みんなの中にそんな気持ちが生まれたんじゃないかと思った。

 前回の飲み会(クラスでやった初めての飲み会)も、私たちが本当に仲良くなるきっかけになった。一緒にごはんを食べて、お酒を飲みながらしゃべって…それだけのことだけど、本当に本当に楽しい時間を過ごしたし、お互いのことをより知ることができたって思った。その後は授業中の雰囲気もより楽しくなったし、何より、ひとりひとりが、ちゃんと「仲良くなろうオーラ」を素直に出せるようになったって思った。

 誰だって、楽しい雰囲気のクラスに入りたいと思う。本当の意味で仲の良い友達を作りたいって思ってると思う。でも、最初はやっぱりなかなかそういうことを素直には言えなくて、こっちが仲良くなりたいと思ってても、相手はそうは思ってないんじゃないかと思ったりして。結局傷つきたくないから、なんとなーく仲の良い、でも毎日ただ単に一緒に授業を受けるだけの友達で終わってしまうことって、本当によくあると思う。うちのクラスだって、その危険性はあった。今学期が始まった頃、授業中によく「みんなでお酒飲みに行こう!」って提案が出たけど、なんだかんだでいつも流れて、結局は中間テストが終わってからやっと初めて実現したんだ。これだって、本当は行きたい、早くやった方がいいに決まってる、でももしも飲みに行って、話題がなかったりしてつまんなかったら、気まずくなって、逆にクラスの雰囲気が悪くなるんじゃないか…それだったら、今のままの方がいい、とりあえず教室の範囲だけで仲良くなった方が安全なんじゃないか…。そんな気持ちがあったからだろうなって思ったし、みんなもそんなようなことを言ってた。でも、私が勇気を出して「絶対にこの日はみんなで飲みに行こう!」って決めたり、楽しくなるかどうかはわからなかったけど、みんなも(きっとそれなりの)勇気を出して集まってくれたことで、私たちは新しい扉を、私たち自身の手で押し開けたんだと思った。

 

 みんなに心配されないように、腫れた瞼を冷やして、約束時間の8時に、待ち合わせ場所の裏門に行った。遅れてくるって人も何人かいたけど、順調にみんな集まって、私も自然に笑顔になっていけた。今回もホヨンオッパの知ってる居酒屋へ。ヘリピアという名前のお店でHappy Liquor Piaの略らしい。前回の果実焼酎の店と比べると、店の中がちょっと騒がしかったけど、雰囲気はなかなか良かったし、椅子がゆったり座れるソファーだったので、それもうれしかったな。

 ヒョミが今日ソゲティング(友達や知り合いが紹介してくれた異性と会うこと)をして来たなんて話から始まって、みんなでお酒を飲みながら、たくさんしゃべった。たくさん笑った。会話の中で、「絶対うちらが3級で一番仲の良いクラスだよね〜!」とか、「もっと早くこんな風に仲良くなればよかったね」とか「ヘスクとちぐさがいたら、絶対もっともっと楽しくてうるさいクラスになってただろうね()」とか(ちぐさは、うちのクラスにいた友達なんだけど、急に目の調子が悪くなって入院してしまい、学校に来れなくなってしまったのだ)「もうすぐ別れなきゃいけないなんて本当にさみしい…」とかいうのがたくさん出てきたのが、すごくうれしかったよ。そういうことを口に出して言えるかどうかで、この先さらに仲良くなれるかどうかが変わってくると思ったから。

 そして、私はさっきあったばかりの嫌〜な出来事を、みんなに聞いてもらうことができた。実はお金がなくて困っていたことを、私はほとんど誰にも話してなかったんだ。別に話しても構わないことではあったけど、自分が先学期にちゃんと節約をしてたら、ここまで困ることはなかっただろうって思うと、なんかちょっと情けなくて話すのが恥ずかしいってのもあったし、それにお金はすぐに届くはず!って本当に信じてたから、別に話したところで問題はすぐに解決するんだし、話すほどのことでもないかなって思って(でも実際は誰にも話さないままどんどん日にちが経っていって、どんどん苦しくなってったんだけど)。ひとりだけ、たまたま会話の流れで授業の合間の休み時間に、同じクラスのゆきにちょっと話したことがあったけど、本当にそれだけだった。それから、もしもお金が届かなかったら、もしくは為替が届いても換金できなかったら、友達にお金を借りなきゃいけなくなるじゃん。それもかなりの額を。日にちが経つにつれて、友達にお金を借りなきゃいけなくなる可能性も増していって、でも私は友達にその悩みをほとんど話してなくって(「あ〜お金ないな〜」程度は、小言っぽく言ってたけど)、本当に借りなきゃいけなくなった時のことを考えると、すごく憂鬱だったな。最初から全部説明をしなきゃいけないことも、少なくはない額を貸してって頼むことも。でも、それ以上に、こういう悩みを話せるほどの友達は自分にはいないのか?とか考えると、もっと憂鬱だった。もともと悩み事とか、あんまり人に話す人間じゃないから、一概には言えないんだけどね…。でも、そんなことは、確かに考えてたんだ。

 だから、「なつき、もう酔ったの?」って聞かれて、「ちがうよ〜。酔ったんじゃなくて、眠いんだよー。実はさっき私すっごい泣いたんだ。なんでかって言うと…」って話し始められたことが、話しちゃおうって思えたことが、自分でもうれしかった。事情を全部韓国語で説明するのは難しかったし面倒くさかったから、簡単にあらましだけを説明したんだけど、みんな真剣に聞いてくれて、「ありえない!!」とか「それは本当に大変だったね…」って、気持ちを共有してくれたことが、ものすごく幸せだった。こんな話、聞いてもらったところで、面白くもなんともないだろうし、愚痴っぽくなっちゃったらみんなに悪いし…って思ったけど、みんなは全然そんな感じはなくて、心から心配してくれて、私はまた泣きそうになっちゃったよ。さっき思ったみたいに、もちろんそれは100%じゃないし、そもそも事情自体も全部は説明してないんだけど、それでも、やっぱりこうやって聞いてくれる人がいるってことは、それだけでも幸せなことだって思った。みんなに聞いて貰えたことで、その出来事の深刻さが、私の中で薄くなっていくのがわかった。とても楽になった。

 アルバイトのためにおくれてやって来たゆきにも、もちろんそのことを全部話した。ゆきには日本語で、できるだけ詳しく話した。どんなに苦しかったか、悲しかったかも話した。涙が出てきてしまったので、泣きながら話した。ゆきも、韓国の郵便システムの被害にあったことがあって(その話は、こないだ休み時間に話した時に聞いてたんだけど)、私が話すのを聞きながら「わかるよ、わかる…」って言ってくれたのが、とっても心に沁みたよ。ゆきには、「こうやって話せる人がいること、それもすごくうれしかったよ」って言った。ゆきが、うなずいて笑った。

 私がゆきに日本語で話してた時に、黙って待っていてくれた中国人のソンファに「ソンファ、いつかうちらも、今私とゆきが話してたみたいに、ペラペラいっぱいおしゃべりしようね」って言ったら、そうなったら素敵だなって思ったからそう言ったら、「そんなこと言う必要ないよ。もし何年後・何十年後に私たちが会ったとして、きっとお互い今と比べて韓国語なんか忘れて、全然話せなくなっちゃってるかもしれないよ。でも、何も言わないでも、お互いの手をとって、同じ景色を眺めてるだけでも、気持ちは伝わるもんだよ。だから、ペラペラになる必要なんてないって」って返された。何だよぉ人がせっかくぅ…とか思いつつ、またしても泣きそうになっちゃったよ。ソンファは大人だなぁって思った。もちろん私たちがまた会った時に、何語でかはわからないけど、ペラペラとおしゃべりができたら、それはそれで素晴らしいことだ。でも、それが叶わなかったとしても、むしろ今よりもお互い気持ちを伝えるのが難しくなってたとしても、それでも私たちは友達だよって、そんな先回りをされたことが、くすぐったかった。

 

 今回の飲み会には、3,4時間目の先生であるソン・グンスク先生も、ちょっと顔をだしてくれた。近くで他の先生たちと飲んでたんだって!お土産にサーティーワンのアイスを買ってきてくれて、みんなでガツガツ食べた()。ソン先生は、すんごく楽しくって、可愛い先生。うちのクラスの雰囲気がここまで良くなったのは、先生によるところも絶対大きい☆3級ともなると、とりあえず時間はかかっても言いたいことは言えるようになるので、先生たちともたくさん話せるようになるのが、本当にうれしい。先生を加えて、更に更にいっぱいしゃべった。

 先生が言うには、こんな風にクラスの雰囲気が良くなったのは、うちのクラスの11人が前向きで良い人だったからだって。どんなに上手く雰囲気を盛り上げられる人がいたとしても、その人1人だけクラスにいたところで、クラスが良くなるわけじゃない。クラスの11人が、もっと仲良くなりたいって思って、もっと良いクラスにしたいって思って行動するからこそ、そのクラスは良いクラスになるんだって。そして、誰と、どんな人と同じクラスになれるかってことは、本当に運でしかないから、私たちが同じクラスになって、こうして仲良くなれたのは、本当に運命っていってもいいと思うって言ってた。先生たちとしても、もちろんクラスの雰囲気をよくしようとはするけど、もともとの雰囲気が良くなければ、やっぱり先生だってあんまりやる気が起きないし、逆にもともとの雰囲気が良ければ、やる気が出て、面白いこともいっぱい言うし、より良くしていこうって思えるんだって。うちのクラスは、本当に先生としてのやり甲斐を感じることができるクラスだって言って貰えて、とてもうれしくなった。うちのクラスは、もうすぐお別れだけど、次の学期も残る人は、次のクラスでもこの経験を活かして、他の人頼みじゃなく「自分から」クラスの雰囲気をよくしていこうとする努力を忘れないでねっていう先生の言葉は、日本に帰る私にとっても、大事な心構えになるって思った。

 この日、先生が私のことを初めて「なつき」って呼んだ。今まで「なつきシ(氏・「〜さん」の意味)だったのに。そんなちょっとしたことも、ものすごぉぉぉぉく幸せに感じた夜でした。

 

 1時間くらいいて、先生はまたもといた居酒屋に戻っていった。それから私たちはカラオケへ!!

 これまたものすごい楽しかったよ〜!!ホヨン オッパは意外にも韓国語の歌をいっぱい知ってて、最初は韓国語の歌ひとつしか歌えない、とか、ふたつしか歌えない、とか言ってたみんなも、オッパが入れる歌を見て「あ〜!これ知ってる知ってる!」なんて感じになって、みんなでいっぱい歌った。中国人のイルグンは本当に歌が好きですごく上手い。中国語の歌も何曲か歌ってくれて、面白かったよ。字幕の漢字を見てると、なんとな〜〜く歌詞の意味がわかる気がするのがなんとも…()

 韓国のカラオケは、お客があんまりいないと、サービスタイムといって終了時間がきても、お店がまた30分サービスしてくれて、歌い続けることができる。30分経ってまだ次のお客さんがいなければ、また30分。もちろんサービスなので追加料金もなし。このシステムで、1時間分の料金で4時間歌い続けたって話も聞いたことがある(!)。だから、今回もそんなんで何時間もいれたらいいな〜と思ってたんだけど、金曜日の夜はそんなに甘くはなく、1時間でお開きとなりました。あ〜楽しかった。

 

 店を出て、みんなどうやって帰るの〜?なんて話ながら歩いてた時、本当に幸せだった。今日あった全てのいいことの余韻が、そこにはあった。韓国に来る前に、こんな風にしたいって思ってたことが、現実になってるのを感じた。別れはもうすぐそこまでやって来てるけど、「あと数日しかない」とは考えないで、残りの日々を精一杯楽しもうって思った。家に帰りついたのが午前2時半。幸せな気分で、眠りについた。

 

 

 

 

 その後、土曜日・日曜日を待ち切り(もちろん、やるべきことはやりつつ)、昨日の朝一番で明洞(ミョンドン)にある中央郵便局まで行き、為替を再発行してもらい、やっとのことで、本当に本当にやっと現金を受け取ってきました。もーう、本当に心底ホッとしたよ。

 きちんとお金を受け取ることができたところで改めて書くけど、本当に、これから海外に送金をする人、もしくは海外から送金をしてもらう人は、一番良い方法をきちんと調べて、自分の手元に届くまでは気を抜かないで、気を遣い過ぎるくらいでも、できることは全部やった方がいいと思う。国民性的に仕事が適当な国は特にね。実はゆきに、休み時間に話した時、ゆきは銀行口座への振込みで、送金してもらってるって話を聞いたんだ。私が調べた時には、日本→韓国で、銀行の個人口座から個人口座への送金はできないってなってたのに。できたらしい…。でも、たぶん大都市にある大手の銀行じゃないとできないんじゃないかなって気もするので(私が高麗大に授業料を送金した時は、横浜銀行からは韓国への送金は取り扱ってなくって、東京の三井住友から送金したので)、そこまで凹みはしなかったんだけど。そんなこともあるので、「どうにかなるでしょ」と思わずに(先進国じゃなかったら尚更そうだと思う)、きちんと情報を集めて、自分のお金は自分で守りましょう。

 今回のこと、本当に悔しかったり、「何なんだ!?これは!!」って苛立ったりしたけど、結果的には、自分が動いたことで事態が解決に向かったってことは、けっこう救いになったと思う。事件自体起こらないのが一番いいことだけど、起こってしまった以上は、自分の手で解決にこぎつけられたってのは、待ってるしかなかった日々のことを考えれば、達成感を感じることができたからね。

 

 さて、遅くなったけど、これでやっと帰る準備ができます。残りの日々は友達との約束もいっぱいで、最後にひとりでソウルの街を歩き納める時間もできたらひねり出したくて、全然余裕がないけど、なんとか荷物まとめて、なんとか帰ります。

 

 

 

 

 

 またしても長くなっちゃったね(もしかしたらコレ、今までで一番長いかも)。でも、それだけのことがあったってことだと思いますホント。絶対忘れないよ。

 残りの日々、ブログ更新できるかわかんないけど、できるだけしたいとは思ってます。

 今日も最後まで読んでくれてありがと〜。

 

 知ってる人はとっくに知ってるのですが、ワタクシなちこ、日本に帰ったら船に乗るまでの約3ヶ月間、東京は高田馬場で暮らすことに致しました!!(じゃぁ〜ん!!)

 

 今日出航した51回クルーズに乗っているボラスタ仲間のNEW(にゅ〜)が、クルーズに乗っている間留守になる部屋を貸してくれるそうで、留守番も兼ねて、住まわせてもらうことになったのだ。私と同じく52回クルーズに乗るボラ友あかねと一緒にルームシェアして、出航までの約3ヶ月間、ポス貼りとバイトに励もうと思ってる。小田原から高田馬場まで毎日通うのは、さすがにしんどいのでね…。

 

 いきなりで、まんまとびっっくりしてくれてる人もいるかもしれないけど()、実はこの話、私が韓国に来る前から出ていた。でも、具体的に話が進んでなかったもんで、私はてっきり流れたのかと思ってたんだよね。そしたら、こないだあかねからメールが来て、51の出航が近づいたことで、現実的に話がまとまったってのを知った。

 

 いろいろ考えるところもあったんだけど、書くとちょっと長くなっちゃうんで、今はとにかく新しい生活への期待で胸が膨らんでます!とだけ言っておこうかな。すごーく大変で、でもすっっごく楽しい日々が、私を待ってる!って思う。

 わがまま聞いてくれた彼氏と、理解してくれた両親には、本当に心から感謝してます☆

 

 

 

 さて、頭が既に新しい生活の方に移りつつあって、早くもとっとと帰りたくなってきちゃったりもしてるんですが…帰国の日程が決まったので、それもお知らせ。

 

 まず、14日に終了式で学校が終わります。9日に期末試験が終わるんで、そしたらもうとっとと荷物をまとめちゃおうかと思う。それから、15日前後に日本から友達が遊びに来るかもしれない。本当は、終了式が終わった後、安東(アンドン)と慶州(キョンジュ)を旅行しながら、釜山(プサン)から船に乗って日本に帰ってくるつもりでいたんだけど、なんと終了式直後が、韓国のお盆に当たる秋夕(チュソク)のシーズンになってしまうそうで、電車の切符は予約いっぱい、バスも乗れたとしても道が混み混み…etc.旅行するような時期じゃないんだって。無理すればできないこともなさそうだったけど、リスクが高いので今回は諦めた。お金もないし…。

 そもそも、韓国に来る前は、夏学期は7日で終わると思ってたのね。ホームページにそう書いてあったから。だから、私はその後ゆっくり旅しながら帰っても15日前後には家に辿り着けるかなぁと思っていたんだけど、フタを開けてみれば、終了式は14日。早く帰って早くボラスタを始めないとやばいってのもあって、韓国内旅行はまたの機会に、ってことにしました。15日に友達が来るとして(まだちゃんと決まってない)、数日遊んで、ソウルを見納めて、18日の飛行機で帰ります(1617日のチケットは、チュソク料金4万ウォンとられるので、18日にした)。日本国内もちょっと旅行してから帰ろうと思ってたので、一番安く、小田原へもすぐ帰ろうと思えば新幹線で2時間で帰れる名古屋への便にした。名古屋は行ったことないから、数日間名古屋と、もしかしたらその周辺をちょっと旅して、20日か21日くらいに家に帰ろうかなと思ってるよ。

 

 

 最近は、帰るまでの追い込みで予定詰め過ぎて、ちょっと疲れ気味…。それに加えて期末試験の準備もそろそろしないといけないし…。あと、まだここにはちょっと書けないんだけど、ここんとこずっと私の頭を悩ませてる問題がひとつあって…まぁたぶんすぐに解決するだろ〜と思って、楽観的に考えるようにはしてますが。解決したら書くね。

 最後の2週間を充実させるためにいろいろやった方がいいのか、帰ってからの忙しさも考えて、ちょっとゆったりめに過ごしておいた方がいいのか…結構悩みどころです。

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