Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2010年01月


木曜の帰宅後と、昨日一日と今日一日は、寝込んだ
(金曜の夜は会社の研修があって帰りが遅かった)
熱は出てないけど、咳がひどくて・・・

丸2日間、ほとんど何もしないで家にいたなんて、すごく久しぶりかも
(着るものなくなっちゃうから洗濯だけは1回したけど)

寝込んだっていっても、ただ寝てる、っていうのができなくて、
本読んじゃうんだよねー
でも、本当に休もうと思ったら読まない方がいいんだろうなーと思う
でもま、いっか

金曜日に買ってきた『風邪の効用』(野口晴哉 ちくま文庫)と、
『心もからだも「冷え」が万病のもと』(川嶋朗 集英社新書)と、
『BAKUMAN。』の1~3巻(大場つぐみ・小畑健 ジャンプコミックス)を読んでた
バクマン今はまっててさー、大好き
たぶんまた別記事で書きます


さっき、すごーく嫌な夢見た
どうやら私はある人を毒殺してしまったらしく、
逃げる準備をしてるの
夢だから、明らかにおかしいだろーそれーっていう設定がいっぱいあるのに、
見てる間はそうは思えなくて、
だけどどこかで「これは夢・・・のはず・・・」ってわかってる自分がいて、
だけど、「でも、これはこないだ見た夢の続きだから、嫌でも今起きちゃダメ」って
思ってる自分もいるの(謎)
でも、見てないんだよ、こないだとか!
こないだも何も、前編見てないのに、見たと思い込んでるの
で、「これは夢、これは夢」とどこかで思いつつも、
この役を演じきらなきゃって感じで、焦ってるの
今にも誰かが捕まえにくるんじゃないかってヒヤヒヤしながら・・・
あー目覚め悪かったーーー
でも、殺してしまったシーン自体は出てこなかったし、
死体も出てこなかったから、それはよかった

悪い夢がそのまんま悪いことを暗示してる、ってほど
世界は単純でもない気もするので、あまり気にしないことにしよう
疲れてることは疲れてる気はするけど
とりあえず、誰かに話したいと思ったので書いてみた





明日、会社行きたくないよーーーー
明日も、明後日も・・・

でも、1月も終わったし
あと2ヶ月

残りあと2ヶ月しかないんだから、
今しかできないことをやろう!とか思えて、
それに集中できたらきっと時間が経つのも早いんだろうけど
全然そうは思えない


首の後ろと肩のあたりが、なんかモヤ~っと、ボヤ~っと、重たい
別に今日に限ったことじゃないんだけどね
丸2日特に何もしてないのに、何でこんな疲れてんだろ、と思ったり
何もしてないからエネルギー滞ってんのかもだけど

一週間の疲れは一応取れたのかもしれないけど
3年間の疲れが溜まってんだろな・・・
そんなこと考えた

※人によっては読んでて暗い気持ちになったり、全然笑えない話かもしれないので、あんまり気分のいい時に読まない方がいいかも・・・です。


いろんな人に話してることだけど、うちの姉はニートです。
それも筋金入りの。
世の中にまだ「ニート」どころか「引きこもり」という言葉すらなかったんじゃ?っていう頃から、学校にも行ってないし、バイトもしたことないし、もちろんどこかに勤めたこともない。てか、中学卒業以降、何かしらの団体や社会的コミュニティに属したことがない。

友人もほとんどいない。
年上の友達?が少しいると言えなくもないけど
(クリスチャンの母に連れられて通っていたキリスト教会の人間関係)、私が見てる限りでは、いわゆる「何でも話せる仲のいい友達」「遊び仲間」みたいのは皆無だと思うし、そういう友達ができるきっかけのような機会もまずない生活をしていると思う。

ほぼ毎日家にいて、テレビ見てるかネットしてるか何か食べてるか・・・(私が日中家にいるわけじゃないから、休日に見てる範囲での推測だけど)。
一応家事手伝い的なこと(洗濯・炊飯etc.)もしたりしてるけど、その在宅時間に比べると、がっつりやってるとはとても言えない。料理は働いてる母の方がしてるし。

そんな姉と私は、別に仲は悪くないけど(共通の、好きなマンガの話題でよく盛り上がったりとかはする)、はっきり言って「姉と妹」って感じでは全然ない。
もしかしたら、姉の方は今でもそんな風に思って(もしくは、思いたがって)いるのかもしれないけど、私にしてみたら、家にいつまでたっても成長しない小学生の女の子がいて、マンガだのテレビだのの話では盛り上がれても、大人同士として話し合えたりは決してしなくて、早くとっとと自立してほしいめんどうくさい存在、ってとこ。

このブログは、たぶん姉も読んでるので、ここでこういうこと書くのもどうなんだろ?って気持ちもあって、今までにも何回か書こうとしたことはあったけど、結局書いてなかった。

でも、昨日たまたまケータイのメモ帳を久しぶりに開いたら、一昨年の夏に自分が書いた文章が出てきて、それを読み返したら、書かずにいられなくなった。
その文章は、あまりに暑くて1階の縁側で寝るようにしていた
一昨年の夏のある夜中に、姉と父の言い争いみたいのが起こって、それを聞きながら、ケータイのメモ帳に書いたもの。近くに紙とペンがなかったから、ケータイのメモ帳に書いた。
モヤモヤしたり、イライラした時に、がーっと文章に書くことでそれを発散する時があってね、その要領で。

あまりにも、その時の自分の気持ちが出てるので、そのまんま載せます。


※ちなみに、私は父のことを「父」、母のことを「母」と、本人に向かって呼んでます(マンガ『ぽっかぽか』の影響)。
姉のことは、とてもじゃないがもう「お姉ちゃん」とは呼べず(だって、どう考えても精神年齢的に私の方が「お姉ちゃん」だ)、あだ名で呼んでる。下の文章では、○○○にしておきます。

【※】で適宜補足。それ以外のところはその時書いたまんま。
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だーーーーーーーー

でも、こういう会話が繰り返されてることを、下【※1階】で寝ていなかったらちゃんとはわからなかった。遠かった。
今0:27だけど、こんな時間に起こされて、フツーだったら気分悪くなって当然だけど、なんか、しょーもない・・・って気分の方が勝ってる。
私に何かができるなら、それをしなきゃなーって。
【※この頃は、姉が自立に向かうために自分に何かできることがあるなら、やろうっていう気持ちがかなりあった。その後1回具体的に行動もしてみたけど、それは特に効果がなく終わった】

【※ここからしばらく、姉と父の会話をそのまま記録。両人ともかなり感情的。】
(かなり大声)
あんた私のもの勝手に動かすんじゃねーよ

何よ。動かしてないよ。

動かしたじゃん。洗面所の私となちこのハブラシが立ててある横のやつだよ。

知らないよ。

知らないじゃないよ。動かしたんだよ。人のもの勝手に動かしたり捨てたりして、犯罪じゃん。
あんた今度やったら、殺すからね。
みんな殺してやる。
一家断絶だよ。へっ。

そんなこと今度言ったら、家におかないからね。

わかった。車に轢かれろってことね。明日にでもそこで轢かれてるから。
あんたとにかく今度から人のもの動かす時は言え。
わかったか。

あんたなんて呼び方するんじゃない。



【※ここからまた私の気持ち】
なんだこれ。
悪夢?
でも何年も前から、
何回も見ている。
時々滑稽すぎて、笑いそうにすらなる。
他人事だったら笑ってたのに。

このっ、男性脳がっ・・・って思うけど【※参考図書1『恋愛脳』の影響】、それだけじゃない部分もいっぱいある。
なんでこんな会話が成り立つかな。どんだけ子供ですか。
○○○は仕方ないにしても、父は何なん〜世の中の男性って、みんなこんな子供なの?世間知らずで、相手の気持ち考えられなくて、空気読めないの?
【※この時だけじゃなくて、普段から私は父に対してこう思うことが多い】
聞いててバカじゃないのって思うし。汚い言葉で思いたくないけど、思ってしまう。バカじゃないの。

なんか、もう、げんなり。
本当に、
○○○に自立してほしいとか思ってるわけ?
今まで、うまくいってたところを何回へし折ったんだろう、この人。
○○○のためにいろいろしたって言うけどさ、それなりに悩んだって言うけどさ、このレベルの低さだったら、実際じゃあ具体的に何をしたのさ、ってのを聞くのが怖くなってくるくらいだよ。
本当に何かした?それは
○○○のためにした?自分のためだったんじゃない?

どんだけ重かったんだろう。
今の私なら、別にそんなことくらい世の中にはあるさって、人生もっと楽しいことがあるよって、重くしなくできるのに。
学校からは降りれないって思い込み【※参考図書2
『学校に行かなければ死なずにすんだ子ども』の引用】とか、不登校なんて「問題だ」って思い込みとか、そもそも、そういうことに現場で直面してきたりしてなかったんだろうか、二人とも【※うちの両親は二人とも元中学校教師】。
一般的な親より、不登校とかに対して、よくあることだっていう認識とかあってもいいくらいだろうに、やっぱ時代なんだろうか。そういう育ち方もせず、そういう世間体しか学ばずに来たら、そうとしか思えなかったんだろうか。

父や母も、親としては人生で初めてそういうことに直面したわけで、って考えると、それはそれで、よほどテンパったろう・・・とも思うけど。
それにしたって、今の父の態度はあまりにもお子様だし、母の姿勢は、あまりにも神頼みだ【※母は敬虔な(妄信的な?)クリスチャン】。いやだけど、見てて胸が悪くなるくらいに。

もっと、私がイメージしてたよりももっと、嫌になるくらい、もっとずっとたくさん話し合わなきゃいけないんだなってことがわかった。
人は変えられないけど、でもそれ以前に、まずはお互いがどうしてそんな行動に出るのかを話し合わなければならない。【※この時は、やる気があったから、けっこう本気で「私がなんとかしなきゃ!」くらいの気持ちだったけど、今はもうそんな風には思ってない】
家族だからわかりあえるなんて、期待しない方がいい。

自分だけが不幸、なんて思うつもりないけど、やっぱりこの状況を誰かにわかってもらえないことは、すごくつらい。

書くべきか、書かざるべきか。
【※この最後の一文は、どういう意味なのか自分でも覚えてない。ブログに・・・ってことだったんだろうか?】

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姉と父のこういう言い争いは、日常茶飯事。
程度の差はあるけど、ほぼ毎日やってる気がする。
お互いに機嫌がよければしない日もある気がするけど、
どんなに少なくても、一週間に一回は必ずやっていると思う。
要は、十数年間ずっと思春期&反抗期やっちゃってて、
抜け出せないでいるって感じですかね。
そう考えるとちょっと壮絶かも・・・本人たちからしてみたら・・・。

今日この文章書こうと思ったもうひとつのきっかけがあって、
それは昨日の記事で紹介した本『〈貧乏〉のススメ』にこんな記述があったから。

(以下引用)
あたりまえのことだが、幼児というのは幼児性がとてつもなく強い。そして、すぐにきれる。すぐにいっぱいいっぱいになる。泣く、さわぐ・・・・・・。
きれる、むかつく、ぷんぷんする、というのは幼児性の表れだ。子どもは無垢でいい子でだんだん悪くなると言う人もいるが、実際は、子どもはどうしようもない存在なのだ。
ただし、子どもは、二つの要素でカバーされている。「見た目がかわいい」「成長していく」という二つだ。顔が大きくて手足が短いというのはかわいく見える。でもその二つの要素がなくなって、かわいくないし、変わっていきそうもないという大人がいると、もう口もききたくない存在になってしまう。
(引用ここまで)

「貧乏を力に変える10の技」のひとつである「かわいがられる(感情に走らない)」の説明箇所で出てきた文章なのだけど、これを読んで、私は「まさにこれはうちの姉のことだ!!!」と思った。嫌になるくらい。
本当に、何の誇張もなく、うちの姉はこんな具合なのだ。
自分に都合が悪くなるとすぐ逆ギレ、泣きわめく、さわぐ、「むかつく」「死ね」「殺す」を言えば済むと思ってる、論理的な会話ができない、そして自分がどれだけ幼稚かを自覚してない・・・。
さっきも、私がこれを2階で書き始めたところに、1階から「やだ!やだ!」って叫んでる声が聞こえたし・・・。

著者の齋藤先生は、そういう幼児性のある学生がいると、直接本人に言うんだって。普通、本当に空気読めない人間がいたら、大抵の人は本人に直接なんて言えやしない。
できたら、関わりたくない。(うちの会社にもそういう人いるんだよね・・・言おうにも、言ってもこの人理解しないんじゃないかな?ってくらいに、自覚がないように見える)
でも、齋藤先生は、教師という立場もあって、「幼稚だって言われて、またむっとしただろ。おまえに言っても俺には得なんて何もないんだけど、この先そのクセを直さないとまずいから言うんだよ」と言って、指摘するんだって。
確かに、言ってあげた方が、長い目で見たら本人のためかもね、って思った。
そう思った部分もあったから、今日これ書いてるのかもしれない。


去年の10月頃に、「自分はうつ病なんじゃないか」と思って(それまでも、ずっと鈍い感じで精神的・肉体的にしんどいのが一年以上続いてた)、カウンセリングに通い始めた。(結局うつ病ではなかったけど)今もそのカウンセリングには通い続けてて、家族の話もよくする。
そのカウンセリングでカウンセラーの人に「毎日のように家の中がその状況じゃ、今まで相当大変だったでしょう」とか「お姉さんのことがあったから、ご両親に甘えたりできなかったんじゃないでしょうかね」とか言われてみて、この家庭環境が、けっこう特殊で、かなりエネルギーの要るものだったんじゃないかと、初めて思った。
自分にとってはあまりにもあたりまえになってしまっていて、気づかなかったけど(あたりまえになってしまわないと辛いから、だろうね。適応だよね)。
友達に話す時も、暗くならないように、重くならないようにと思って、なんてことないように話すことが多かったし、それはそれで嘘じゃなかったんだけど・・・。
そう思ったら、なんかけっこう自分頑張ってたんだなーって思ったよ。。。

少なくとも、こうやってブログに延々長文書いてしまうくらいには、私にとってこのことは心の中にずーーーんと沈んでいるテーマなんだろね。



姉がニートになった時(当時は中学不登校)、私はまだ子どもだったし、家の中でどういうことが起きてるのかもよくわかってなかったと思う(記憶自体あんまりない)。
で、中学・高校時代も、自分の生活でいっぱいいっぱいだし、受験勉強もあったし、なんか家の問題解決してないなーと頭の隅っこで思ってはいても、自分とは関係ないことのように思っていたと思う。
大学に入ったら入ったで、長距離通学で、家には寝に帰るだけ、みたいな生活だったし、疲れてもいたし。ピースボートでボラスタし始めてからは、船に乗ることに向かってひたすら突っ走って、どんどん増えてく仲間と遊んだり語ったりすることに大忙しで、本当に家に全然いなくて、しかもその頃には家の「問題」もあたりまえに存在するレベルになってきていて、そういうもの、と思っていたから、ますます意識することもなくなって、本当に私にとっては関わりのないことって感じだった、長いこと。
でも、社会人になって、実家から地元の会社に通う生活になったら、けっこう家にいる時間が増えたんだよね。そしたら、今まで自分は家のことに全然関わってこなかったなー・・・私も一応家族の一員だし、何かできることがあるならやった方がいいのでは?という殊勝な(?)考えが浮かんできて、姉のことに関しても何かしてみようと思ったのが、一昨年のことだったというわけ。
家にいる時間が長くなったことで、姉の状況の「やばさ」がわかってしまったってのも大きかったんだろうな。「これはどうにかしないとまずいのでは・・・!?だって、今は親が生きてるからいいかもしれないけど、このままだと、親が死んだら私が○○○の面倒見なくちゃいけないってことじゃん!?そりゃ、生きるか死ぬかの状況だったら助けるけど、そうじゃないんだったら、面倒見るなんて正直嫌だし!それなら、誰よりも私が今のうちに対策を立てておかないと・・・。それに、気分的に嫌だっていう以上に、そんなの本人にとっても幸せじゃないはず。自分で人生を面白くする方法を身につけてほしい・・・!
」って思った。
で、私がしたことは、たまたま読んでた本
【※参考図書3】で知ったニート支援のNPO「ニュースタート」に連絡をとって、「レンタルお姉さん」を派遣してもらうことだった【※参考図書4,5】。これは、家庭内でループしてしまっている問題に、外からの風を入れる試み。「レンタルお姉さん」は、昔で言う、勝手に家に上がってきちゃうおせっかいおばさんのような役割を担って派遣されてきて、ニートと外の社会を繋ぐ人になる。
結果から言えば、これはあまり相性が合わなかったみたいで、親も特に粘らず、数回のコンタクトのみで終わりましたけど(ニュースタートの代表が言ってた「ニートの家庭には、家族だからこその“甘え”があって、それが問題の解決を妨げている」って言葉は、うちの両親にも当てはまると思った)。
その後、次の手を考えた方がいいかなー?とか思いつつ何もしないでいるうちに、仕事も忙しくなって、精神的にもどんどん疲れて落ちていって、もういろんなことがどうでもよくなってしまって、「私には関係ないってことにしよう」という結論に至りました。

ただしんどいから諦めたわけじゃなくて、欝っぽくなってい過程でも、「でも、私にできることがあるならしなくちゃ・・・なのに、できない・・・こんな自分じゃダメだ・・・」っていう、いかにも鬱の人が陥りそうな思考回路にはまり込んで(真面目で完璧主義な人ほどうつ病になりやすい)、もうグチャグチャのドロドロのボロボロって感じだった、心が。
だけど、そういう気持ちを何人かの人に少しずつ話せる機会があって、聞いてもらったら、「それは、両親とお姉さんの問題であって、なちこがそんなに頑張る必要はないよ」と言ってくれて・・・「そっか、それでいいのか」と思えたんだった。

ポジティブに、とか、前向きに考えておいて損はない、とか思って生きてきてたけど、そんなに人生は単純じゃあないなーと思ったよ。
私がずっと、どちらかと言えば「いい子」でここまで来たことも、自分でそうしたいからとか、それが自分にとって自然だからとかじゃなくて、そうせざるをえなかったからなんじゃないか・・・って思うようになってきた。
別に、だから親を恨んでるとか、姉が憎らしいとかいうことではなくて、じゃあこれからは別に「いい子」でいようと思わなくてもいっか、むしろ、ここまで「いい子」でやってきてあげたんだから、ここからはもう自分の好き勝手やることにしよう!と思うようになったって感じかな。

地元で働くと決めた3年のうち(実家で暮らしてるうち)に、何かが動き出せばいいな、それまでに何かやらなきゃ・・・!なんて思ってた自分からすると、まだ姉のことがどうともなっていないのに、実家を出て行くのは心残りだったり、「これでいいのかな?」と思ったりするところなんだけど(実際それで悩んだりもしたわけだけど)、もう姉のことなんて私にゃー関係ない!自分のやりたいことやって生きていくし!親と姉は、そっちはそっちで勝手にやってくれぃ!と思えるようになった自分は、早くこの家を出て行きたくてたまらない。

毎日不毛な口ゲンカが繰り返されてるこの家を。
いつまで経っても成長しない幼稚な女の子が喚くこの家を。




姉がこの記事を読んで何を考えるか、どう思うかは、私にとってはけっこうどうでもいいというか、どっちでもいいって感じかも(どうでもいい、ではないな。どっちでもいい、何でもいい、だな)。
でも、何かしら考えはするだろうから、興味本位でも何かを感じてくれた人は、姉宛のコメントとか書いてくれるのもありかもね。

でも、コメント以前に、この文章最後まで読んでくれる人がどれだけいるんだろな。
最後まで読んでくれたあなた、本当にありがとう。

3時間くらいかかったけど・・・書けてよかった。
ふぅ。


参考図書
1 『恋愛脳』 黒川伊保子 新潮文庫
2
『学校へ行かなければ死なずに済んだ子ども』 石坂啓 幻冬舎文庫
3 『3年で辞めた若者はどこへ行ったのか―アウトサイダーの時代』 城繁幸 ちくま新書
4 『わたしはレンタルお姉さん』 川上佳美 二見書房
5  『希望のニート』 二神能基 東洋経済新報社

やっぱり私はついてると思う!

仕事帰り、残業で疲れた頭でぼーっと本屋に入り、
数分ぶらぶらしただけで、この本見つけた。

&lt;貧乏&gt;のススメ<貧乏>のススメ
著者:齋藤 孝
販売元:ミシマ社


平積みされた表紙見た瞬間に「あ、これは答が来た」と思った。
即、買った。

著者の
藤先生(『声に出して読みたい日本語』を書いた人です)の本は、
もう何冊も読んでて、すごくフィーリングが合うし、学ぶことも多いし、
ものすごく影響を受けてる。
尊敬してる現代人のひとり。

4月から自分の意志で始める“貧乏”生活に、
根拠のない自信はありつつも、不安もずっと感じてて、
自分がしようとしてることの意味を、誰かに認めてほしいと思ってた。

この本の表紙見た瞬間に、
中身に何が書かれてるのかは大体想像がついて、
「これこそ、私が今読むべき本だ!」って感じだった。

まだ読み終わってないけど、「大体」の「想像」は合っていました。
簡単に言えば、
「貧乏の経験を上手く活かせる人は、豊かな人生が送れる」ってことかな。
あと、「貧乏を知らないよりも知ってた方が人間としての幅が広がる」ってなこと。

読んでたら、「よっしゃー!やったるー!」って気になってきた。

Sunday park / YEN TOWN BAND  @Youtube
http://www.youtube.com/watch?v=hmOQzP7pxts




In The Sunday Park
Light in the afternoon
I listen to the sound of my dream
Coming through
All the mountains of
Blueberries and greens
fairy tale lullaby

I was down last night
Too much to handle here
I didn't know how to carry on
Still lucky
All the mess in my head, is fading now
Among the crowd on the street

I wish you'd come to my place
You would be smiling so close to me
I wish the day dream never ends

I'm the kind of girl, who lives only for today
but I think it's o.k. to be myself
Especially when you're not around
I need someone to hold
I know how to have fan

I wish you were here by my side
we would be talking something silly
I wish the day dream never ends

when I feel a single beat of my lonely heart
I can sing, I can cry, without knowing why
Yes I tried and I tried to the way to you
somehow life always leads through a maze
everyday everynight you live in my mind
everyday everynight still pleasure and pain
melodies of memories will never stop
you are with me until the end of time
just a day dream in The Sunday Park








風邪引いた。
のどが痛い。
昨日は大根あめを作っては飲み、作っては飲み・・・。
今日は一日中マスクして、ポカリのお湯割りを飲みながら仕事してました。。。


ゆかが「おすすめ本あったら教えて♪(^^)」と言ってくれたので、
さっそくちょっと紹介してみまーす。

「好きな小説何?」って聞かれたら、まず答える3作品。
たまたまだけど、女性の作家で、全部短編。

『キッチン』 吉本ばなな
今までで一番読み返してる小説。
続編の『満月―キッチン2』まで含めて、ひとつの小説だと思ってます。
よしもとばななの文章は本当に好き。ひだがいっぱいあって、
何回読んでも違う感じ方ができたり、発見があったり。
他にもたくさん好きな作品あります。
自分が、この小説の主人公のみかげと雄一の歳を越してしまったと
気づいた時は、けっこう寂しかったな。


『卵の緒』 瀬尾まいこ
この作者、中学校の先生しながら小説家してるってとこが、まずもってツボ!
尊敬してます。丁寧で、あったかくて、面白い文章。
映画になった『幸福な食卓』のを書いた人だよ。
子どもをちゃんとひとりの人間として認めてて、しかもそれが本当に自然に
文章に出てるのは、やっぱ先生だからなのかなぁ。
主人公・育生のお母さんは、私がなりたい母親のロールモデルのひとり。


『西の魔女が死んだ』 梨木香歩
児童文学だけど、大人が読んでも十分に読み応えがあるってのが素晴らしい。
自分の頭で考えられる人になる、というのは私の人生のテーマのひとつだけど、
このお話は、そういう人になるためのエッセンスがいっぱいつまってる。
しかも、小さい頃に憧れてたようなおばあちゃんとの関係とか、自分だけの庭とか、
植物や動物とのふれあい、そういうのが散りばめられてるのがまたなんともニクイ。
スピリチュアルが苦手な人とか、眉唾に感じてる人も、お話として読むんだったら、
自然に楽しめると思う。


科学では説明のつかない不思議なことが起こる、
そしてそれを自然に受け入れる、
っていうのも共通点だなー。

どれも文庫で出てるし、短くてすぐ読めるので、
ストーリーの紹介は省略。

読んでみてねー。

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