Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2010年04月

勇気を出して書いてみることにした。

私はこのブログで、自分の恋愛のことはちょこっとしか書かないようにしてた。
一番の理由は、このブログは
彼も読んでいるから、かな。
恥ずかしいってのもあるし、本人に直接言わない(もしくは言えない)ような気持ちをここでは書いたりするのもどうかと思ったり。あとは、書くこと自体を「そういうこと書いてもいい?」って確認してなかったし、わざわざ確認するっていうのが、何だか妙にしづらかったからでもある。別に確認するほどのことじゃないかな?ってことでも、彼が読んで、どう思うのかが怖かったのかもしれない。

ちなみに今日は別に確認はしてないです。
彼について書くというよりは、自分の気持ちについて書くね。



今日、Youtubeでたまたまこの曲、HYの「あなた」を聴いた。
今、私もなかなか素直に気持ちを伝えられない状況になってるから、
この歌詞はすごく染み込んできた。


聴きながら考えたこと。
この歌の「あなた」って、実在の人なのかな。
この曲の作詞をした
ボーカルの仲宗根泉ちゃんは、自分の恋人を想って、その人に伝えたくてこの歌を書いたのかな。
もしそうなのだとしたら、その彼は、この歌が自分に向けて歌われていることを知ってる(もしくは知ってた)のかな。

ミュージシャンだから、フィクションで作詞をすることもあるだろうし、実際の自分の気持ちを実在の人物に向けて歌ったのだとしても、制作時期ととりリース時期にギャップがあったりすれば、誰に向けた歌なのかは曖昧になることもあると思う。
だから、どうなんだろう?って思った。

歌詞をじっくり聴けば、この歌は「面と向かっては言えないから、歌にした」っていうことがよくわかる。ミュージシャンである彼女にとっては、その方がよっぽども気持ちを伝えやすかったってことなんだろうな。
そして、そう思ったら、泉ちゃんにとっての「歌うこと」に当たるのは、私にとっての「書くこと」なんじゃないかと思ったんだよね。


私は、本当のことを言えば、自分の恋愛についてもっとこのブログでも書きたいと思ってる。
私にとっては、日々の出来事と、それを通して自分が何を思ったか、
どんな風に感じたか、何に気付いたか…っていうようなことを書くのが一番好きで、そういう「心の動き」みたいのをずっと書いていきたいと思ってるのね。

恋愛について書くことなんて、その最たるものの内のひとつみたいなもんじゃない?
だから、本当はすごくしたいことで、実際書こうかなと思うことも今までにも何度もあった。でも、やっぱり相手のいることだから、私が好きなように書いていいってもんでもないし、その他にも思うところがあって、
あんまり書いてこなかったのは、最初に述べた通り。

泉ちゃんは、自分の感情を音楽で表現したくてこの歌を書いたのかな。
それとも「どうしてもこの気持ちを伝えたい、でも素直になれない、じゃあ歌にしよう」っていう「方法」として、この歌を作ったのかな。
両方かな。

もしそうなのだとしたら、私もそんな風に、書けたらと思う。
面と向かってなかなか言えないことでも、書いてもいいなら、書けるし、書きたいよ、私。


ただやっぱり怖いって思ってしまうのは、伝わらなかったらどうしようっていう不安。
温度差。

泉ちゃんが「愛してる」と歌って、その歌がどんなに多くの人から評価されてたとしても、伝えたかった相手に「…重い」って思われたら、それは悲しいじゃん。歌わなきゃよかったって思うかもしれない。(でも泉ちゃんはプロだから、それでも曲そのものが評価されればそれはそれでいいっていう面もあるのだろうか)

そういうことを考えると、プロでもなんでもない私は、書かない方のが自分の身のためでもあるのかな…とかも考えるのだ。どうしても書く必要に迫られているわけでもないし…。

でも、書きたいことを書かないで滞ってるエネルギーってものは確かにあって、そういう意味では「書くべきに決まってる!」「書かないと心身に影響する!」と感じることもある。じゃあ自分だけの日記に書いとけばいいじゃん、って言われたら、反論に困るんだけど。

私が私の恋愛について書くことで、きっとそれを読んでちょっぴり楽になったり、あははと笑ってくれたり、ほっこりした気持ちなったりしてくれる人は、いると思う。
そんな、世界を1mmだけ動かすような、ほんのちょっとしたことのためだけでも、書く意味はあるのかもしれないよ?とも思ったりするんだよ。

もしくは、もっと身近なリクエストとしして「読みたいな」「なちこの恋バナ聞いてみたいな」って言ってくれる人がいるなら、もうそれだけでも理由にしていいんじゃないかなぁ?
なんか…ぐるぐるしているね。


とは言っても、共通の友人や知り合いに読まれることを考えると…とかもあるだろうし、言いたいことあるなら直接言ってほしいって思うかもしれないし(だから、言えないんだってば!w)、恥ずかしいからやめてくれって言われるかもだし、っていうところらへんはもう彼氏本人に聞いてみるしかないけどね。


読んでるー?
来週会ったら、どう思ったか聞かせてね。

そんな日々を過ごしています。

だって、私は自分に休暇をあげたんだから。
休暇は休むためにあるのだよ。
そう考えると、むしろ頑張りすぎなくらいかもしれない。

例えば昨日はキッチン&ユニットバスの掃除と
ごちゃごちゃになってた新生活関連の各種資料の整理、
それから資源ゴミ(新聞・雑誌・ダンボール)のとりまとめ。
こんな風に「何かしてる(働いてる)」日ってわりとある。

今日は、朝は7:30に起きて資源ゴミを出しに行き、
梅醤番茶を入れて飲んだ後、二度寝。z Z Z
昼前に起き出して、ゆっくりお風呂に浸かりながら読書。
それからアカスリもした。すっきりー。
炊いて冷凍しておいた玄米を解凍して簡単にお昼ごはん食べて、
洗濯機回して、食器洗って、あとはひたすらネットサーフィン。
(そうそう、今日とうとうツイッターを始めた。
nachiko_t です。やってる人、探してください☆)

「メジャー(巻尺ね)とレジャーシート(庭でお布団干しつつ昼寝するため♪)を買いに行った方がいいんじゃないか・・・!?ついでにマンガ喫茶行ってこよっかな!」という心の声が何回か頭をよぎったが、なーんか外出する気にならなくて。今日はホントに一日中家にいましたよ。夕飯も、買い物行かなくても作れるくらいの材料はあるし〜。


何かいかにも「生産的なこと」ができてない日(あるいはできてない時)って、いつも「今、これでいいのか?」って頭のどこかで思ってしまう。今日もけっこうそうだった。
けど、それって考え方の癖みたいなもんだよなーって思うの。

考えてもみてよ。
小学校に入学してからこの方、ずっと「やらなきゃいけないこと」があったと思わない?
そりゃ休みの日は好きなことしてもいいけど、週が明けたらまた継続的に学校に行かなきゃいけないっていう事実は間違いなくそこにあった。

小学校→中学校→高校→大学→会社・・・ずっと「行かなきゃいけない」生活を送ってきたわけです。私の場合は、大学の1年間は留学&休学だったけど、それでもその期間の間だって「これが終わったら卒論を書かなくちゃいけない」「
これが終わったら就活しなきゃいけない」があった。
私が真面目過ぎたのもあるとは思うけど、「勉強はがんばらなきゃいけない」「テストでいい点取らなきゃいけない」「受験勉強しなきゃ」「単位取らなきゃ」「バイトしなきゃ」「きちんと仕事しなきゃ」・・・常に「何か意味のあること」「生産的なこと」「役に立つこと」をしなくちゃ駄目だっていう社会の仕組みの中で生きてきたと思うんだ。

ひとつひとつは正しいことだし、それがあるからこそ生み出される秩序やら副産物的結果もあるのはわかってるけど、気づいたらずっとこの調子で、先が見えなかったら(特に、学校は数年っっていう終わりが見えてるからまだいいけど、会社は長ければウン十年・・・)そりゃー疲れますがな・・・!!!
適度に気を抜いて、手を抜いてやっていける人だったらそうでもないのかもしれないけど、私はそういうのがなかなかできないからねー・・・。

だから、私は自分に休暇をあげたわけです。
自分であげないと、誰もくれないと思ったから。

そして、長年の生活で染み付いてきた
「今、何か意味のあることしなきゃ駄目じゃない!?」
「時間がもったいなくない!?」
「こんなことしてても、何も役に立たなくない!?」
「もっと生産的な活動しないと、自分やばくない!?」
っていう考え方の癖を薄めることに取り組み中です。
このブログ記事もきっとその一環です。


何の意味もないような散歩や、ぐだっとした時間を過ごすことのクリエイティブな意味は、その時には見えるわけがないのだ。

ずっとぐだっとしようと思ったところで、結局私は何かしらしたくなってしまうのだから、意識的にするようにした方がいいのは、むしろぐだっとすることの方なのだ。

気づいたら4月も下旬に突入なんだなぁ。

私は元気にやっています。
しかし、まだまだ頭は混乱しています。
10日以上もブログが更新できなかったのは、忙しかったからじゃなくて、なんだか気分がグルグルモヤモヤゴチャゴチャしていたから・・・って感じ。

仕事を辞めたらすぐにでも気持ちに余裕が持てるような気がしてたけど、実際のところはそうでもなくて、毎日何かとソワソワしてる。なんでだろう?慣性の法則?
基本的には元気なんだけどねー・・・。

ひとつ、なんとなく感じているのは、仕事をしていた時はほぼ(無意識に)習慣になっていた「でも明日も仕事だし」「とりあえず仕事しないといけないから」で思考を停止させるってことを、しなくてもよくなったことで、とにかくまともに考えることが増えて、頭がそれに対応し切れてないってこと。
でもこれは嬉しいことでもある。できるだけ自分に「急がなくていいんだから」「また後で考えればいいじゃん」って言ってあげるようにしたりして、うまくバランスを見つけてるところ。

あとはまぁ、単純に引越し&一人暮らしスタートのあれこれによるもの。
部屋の片付けもまだまだ残ってる。毎日のように、「あぁ、あれが必要だ」と思い当たっては、「本当に必要か?」「何かで代用できない?」などの検討を経て(これにかなりエネルギーを使ってるという説もありw)「うん、必要。買いに行くぞぃ!」って感じで出かけて、重い荷物を持って帰って来たりして。
それもやっぱり優先度の高いものから脳内ゴーサインが出るから、食材・キッチン周り、洗濯・掃除系、ネット環境らへんは整ってきたけど、収納関係が全然で・・・本たちは本棚に入れたけど、それ以外の荷物はまだほとんどダンボールに入ってる。

この「とりあえず」に囲まれてる感じが、まだまだ落ち着けない原因のひとつかもなぁ、とも思う。
仕事をしてた時に溜めに溜めた「とりあえず」も、私はこの部屋に持ち込んでる(ぐちゃぐちゃの引き出しの中身そのまんまとか、捨てるかどうか決め切れなかったものetc.)。
それらもちゃんと片付けて、それなりに整わないと「新生活、始まったー!」って感じがしない、いつもの完璧主義ですな(笑)。
ま、でも、始まってるんだけどね。

毎日、何かしら初めてのことがあります。
初めて洗濯機回した、初めてネットにつながった、初めてちゃんと料理した、初めて市役所に行った、初めて自転車で出かけた、初めて布団干した、初めてハローワーク行った、初めて隣の駅まで歩いた、初めて転送されてきた郵便が届いた・・・などなど。

ま、とりあえず、考えすぎないで気楽にやってけたらいっかな。


本当はもっと内面のことをいっぱい書きたいんだけど、
まだバタバタして落ち着いて書けないので
とりあえず状況の報告(?)を書いておくことにする。


今日は会社の退職手続きのため小田原にさっそく戻ってきた。
思ったけど、小田急の上りと下りでは、下りの方が同じ距離でも乗っている時間が長く感じる!?何か精神的なものだろうか。もし、本当にそういう効果があるとしたら、私が「4年間通っていたから」という理由以外にも、東京から来た友達が「長かった〜」「遠かった〜」と感じる要因があるのかもしれない。
はい、蛇足。

会社で無事退職手続きを終え、ランチタイムまで小田原の街をぷらぷら。
小田原城もぷらぷら。
なんだかやっぱりちょっとセンチメンタルになりかける。
顔を覚えてもらうくらいには行っていたリサイクルショップで、DM発送を止めてもらうお願いもしてきた。

ランチは会社の先輩・同期・後輩と一緒に食べた。
新入社員の話とか聞けて、ちょっと面白かった。

その後、市役所に行き、転出届を交付してもらう。
いよいよこれで小田原市民じゃなくなるんだーと思うと、切なかった。
いつもは年季入ってんな〜(要はボロい)としか思わない市庁舎と中央公民館も、
なんとなく子供の頃に夏休みの映画会とかに連れてきてもらったこととか
思い出して懐かしく思ったり。

どっちも捨てがたいし、変わらない・変えないことの方が楽なのに、
それでも進むしかない、こっちを選んだのは自分、それが必要だから、
相反することをどちらも
こんなに強く求めたいと思ったことあったかな、
っていうようなことを思った。ものすごく。

でもすべてに意味はあるし、結局はなんでもどうにかなるから、
ま、とりあえず私は引っ越し・住民票の異動ってのをやってみたかったわけだし、
それで実際今やってるし、また経験値アップだな、うん。
とも思っといた。

こないだブログにも書いた
いつまでたっても「私の故郷」であることには変わらない街。
って頭ん中で思いながら、市役所を出た。

電車に乗って実家に向かう途中にも、
この街には思い出の場所がどれだけあるんだろう。
って考えてた。

実家での用事は、本の出張買取に来てもらうこと。
あと持ってくるのを忘れてたマグカップを持ってくること。
本は、200冊くらい(3分の1くらいがマンガ)を売却。バイバイ。ありがと。

そんで、その後、これを書いてます。
私の荷物がなくなってがら〜〜んとした部屋で。
もう半分は散っちゃった桜が、窓のすぐ外に見えた。
たぶん、後になって思い出したり、感慨に耽ったりした時にすべてがわかるから、あんまり考えすぎなくてもいいんだろうな、って気がした。

多くの人が、こんな気持ちを経験して大人になってきたのかな。
なんか、また知らなかった世界を知った感じです。

7日に引っ越したけど、今日一旦戻ってくるのが決まってたから、
「どうせ9日にもっかい来るし」と思って、あんまり引っ越し気分でもなかった。
いつもの週末の、東京に遊びに行って泊まって来る気分っていうか。
でも、今日出てったら、次に実家戻ってくる日は決まってないから、
今日がホントに出発気分だ。


バイバイ。
ありがと。
小田原のことは、いつか絶対書くからね。

離れることで、わかること、見えるものに逢いにいってくるよ。


今日、引っ越しました。
まだ荷物は全然片付けてないけれども。


退職日が明日ということもあって、
今日の最優先作業は、メールでの退職の挨拶。
直接会って「お世話になりました」を言えた人も多いけど、
会えなかった人も多いので、そういった方々に。
それから、私が立ち上げた「読書部」のメンバーや
一緒にボールを蹴ったサッカー部のみなさんにも、
それにちなんだ挨拶を送りたいと思ってたので。

新居はまだネット環境が整っていないので、
ネットカフェにやってきました。
ネットカフェなんてすごく久しぶり。
16:19に入店して、
3時間もあれば終わるだろうと思ってたけど、
気づけばこんな時間です。
本当に、いつまでたっても作業時間の見積もりが甘い子です、私。

実際に書いている時間と、考え込んだり、書くことから逃げたり、休憩したりしてる時間と半々くらいかもしれないけど、そういうのも含めて、でもやっぱりこれだけの時間は必要だった…と思うので、別に延長料金発生しようと全く問題はないけどね。

昨日までは「何書いたらいいんだ〜???」とかなり悩んでて、書かないで済んだらどれだけ楽だろうかとかまで思っちゃってたのに、意を決して書き始めたら、やっぱりそれなりのものを書きたくて、言葉を選んで(多少サンプル参考にはしたけど)、できるだけ送る相手によって違和感がない内容になるようにとか考えて書けてる自分がいて、社会人として「書かなくちゃいけない」のはしんどいんだけど、やっぱりひとりの人間として「書きたい、伝えたい」のも本当だし、こうやって「しんどいけど、書く」という感覚自体を私はもう好きになり始めていると思うと、それも嬉しかったりした。


実はまだ全部は書き終わってないんだけどねー。
続きは明日。
最後の在籍日に、最後の仕事みたいなもんだな。


部屋の片付けもあるし、それ以外にも
まだまだやることいっぱいあって、なかなか脱力できないけど、
まーひとつずつやってくしかないんだから、
ひとつずつやっていけばいいだけだよね。
時間もあるし。


とりあえず今日はもう帰ろう…。

おつかれさまです!

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