Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2010年09月

父と飲みに行った。
父の同級生の妹夫婦がやっているお店。
2人で飲むのは3回目くらいかな。

やっとちょっと
そんなに特別なことでもないような感じに
なってきたってとこか。


1回目は、私がまだ実家にいた時、
小田原市長選の候補者の演説会に一緒に行って、その帰り。
初めてちゃんと、家族の問題についてちょっと話した。

2回目は、私が実家を出てわりとすぐ。
父が用事で東京に来たついでに、銀座で会ってライオンでビア。
お互いの書きたいものや好きな作家について初めて話した。

私は自分は父よりも母と仲がいいつもりで
ずいぶん長いこと育ってきたけど
(キリスト教を信じてた期間は実際そうだったんだろう)
気付けば父と話す時間の方がどんどん増えている。

そして、それもそうだろうな、とも思う。
キリスト教という強い要素がなくなってしまえば
(私は中学3年で洗礼を受けて、大学1年でクリスチャンを辞めた人)
母との共通の話題ってこれといってない気がするし
そもそもクリスチャンを辞めたということで生じた気まずさみたいなものに
まだ決着?をつけてないからってのもある。

それに比べて
私が地理学を専攻してしまうくらい地理が好きになったのも
どう考えても社会科の教師だった父の影響だし
英語や韓国語といった語学に関心があるのも
英会話のテープを一日中流してるような父親の影響。

文章を書くなんてのもまさに父親の趣味そのまんま。
新聞の読者欄に投稿して掲載されたエッセイを集めて自費出版したり
本格的に川柳を嗜んで、同人誌の撰者やったり
退職した今は縁側に寝転んで読書ばっかりしているような人なので。

畑で野菜を作ってたりするところも
モノを減らしてシンプルな生活を目指してるところも
気付けばなんだか思想的に一致しているし。

真面目でちょっと完璧主義の嫌いがあるところも
そっくりそのまま似てしまったのね。

まぁとにかく、よく考えてみれば、話が合わないわけがない。
だけど、クリスチャン(しかも頭の固い)だった頃は
「父はクリスチャンじゃないから」ってだけで
もう話すことなし、みたいな感じだったわけですね。
おー宗教こわっ!(思春期だったってのもあるだろうけど)

生活に必要な会話くらいは交わしても
深い話なんてしなくて当たり前だったから
何か話すことができた時に
どういうふうに話せばいいのかもわかんなかった。
最初に飲みに行った時なんて
何話したらいいんだか、かなり緊張してドキドキした。
というか、今でも「何話すんだ?」「話題なくなったら?」
とは思う。なにせ、慣れてませんから。
いちいち意識してしまうのね。
慣れてないことってのは、そういうもんでしょ。

だけど、実際そういう状況を作ってみてしまえば
話すことは、あるのだ。
どんな風に話したらいいのかはわからなくても
何を話したいのかは本当はわかってる。
だって、こんだけ似てる2人だからね(笑)。

だから、会話そのものはぎこちなくても
それは慣れてないんだから当然だ、と思って
とにかく話せることを話してみた。
そしたら、だんだん慣れてこれている気がする。

特に、私が実家を出てからの方が
やっぱりうまく距離感がとれてる気がする。
毎日顔を合わせることが前提だと話しにくいことも
またしばらく会わないんだと思うと

言うだけ言って別れればいっか、って思えるしね。


まぁでも、やっぱり友達と飲むようにはいかないし
それで当たり前。
自分にとっては常識と思って話したことが
よくわかんなくて聞き返されたりもするし(ネットに関することとかね)
私が前に話したことも覚えてくれてなかったり
自分が手紙で書いてきたことも忘れてたり。

だけど
わかり合えたら素直に喜ぶ。
噛み合わんかったら気にしない。
このスタンスでいいかな、と思う。

頭ん中で「親子なんだからこうあるべき」みたいなイメージ作って
それに合わせようとなんてしたら、イライラするだけ。
疲れちゃうし、何の意味もない。

もっと文学的に深い話ができる仲になるとか
家族のこれからについて話し合えるようになるとか
そういう何かを目指すわけでなく
ただ一緒に飲んでしゃべって
結果的に「飲んだね、しゃべったね」ということが残る。
それだけでいい気がする。

欲張らんとこう。


店を出ると、まだ少し雨が降ってた。
超安全運転(自転車)の父に「先行っていいよ」と言われたので
先にすいすい漕いで帰った。

自転車こぎこぎ一句。
秋雨や 春雨じゃないけど 濡れていこ
おそまつー。

自転車に乗って、歯医者に行った。

家の前の坂道を下って御殿場線の踏切を渡ると
道の両側には田んぼが広がっている。

空が広い。

風の中で青い空を見上げると
この曲のイントロが頭の中で鳴る。

「風と雲と私」 熊谷幸子

秋晴れと稲刈り中の田んぼにぴったりな気がするのは、
「夏子の酒」のイメージが強いからかな。


朝は雲に覆われていた箱根の山々が、顔を出していた。
酒匂川を富士道橋で渡って、サイクリングロードを南へ。

ふと口が歌いだしたのはこの曲。

「Complicated」 Avril Lavigne

たぶんずっと好きだと思う。


面白いブログを見つけた。
広告』という雑誌の記事で知って、
気になってアクセスしたもの。

ニートの海外就職日記
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/

罵りブログwらしいので、
決してお上品ではないけど(サンジ仕様だねw)、
批判のためのユーモアが強烈で痛快。

詳しくは
実際にアクセスしてみてほしい。

特に、会社勤めで理不尽な目に会ってる人。
何の改善にもならないけど、
気持ちを代弁してくれてるように感じるかも。

本当は私自身の意見や
どう痛快に感じたのかを書いた方がいいのだろうけど
ちょっと疲れてるんでパスさせて。
またそのうち。

海外の労働環境についての記述には
目からウロコ。
仕事って、そんなに気楽にやってもいいんだ・・・!
と、感動してしまったあたりが
もうかなり「洗脳」されてましたな、私も。

革命起こすか。
海外逃げるか。

マジ笑えない状況に、笑うしかない。
そんな日本が垣間見える。


いくつか印象的だったエントリーの直リンク貼っとく。

間違っているのはあなたではなくて、日本のクソ労働環境、労道観だ。

http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/blog-entry-355.html

自分、もしくは家族の健康にも優先する仕事なんてこの世に一つもない。
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/blog-entry-303.html

みんなで休まず、みんなで不幸になろうキャンペーン実施中w。
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/blog-entry-278.html

立会い出産よりも仕事様w優先の社会。。。
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/blog-entry-319.html

会社でやめてもいいと思うものランキング
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/blog-entry-348.html


今日から5日間、実家に帰るつもりだったんだけど、
荷物をまとめる気になれず、
散らかった部屋の中で呆然としてしまった。

とりあえず何か動かないと、
「やり始めないとやる気は出ない」んだから、と思い、
まず本とDVDを返しに行ってこようと思った。
帰ってきたら荷物をまとめようと思って、出かけた。
ついでにお昼ごはんを外で食べることにした。

図書館の返却ポストに3冊の本を押し込んで、
レンタルビデオ店でDVDを返して、
それから家賃を振込むために銀行に行き、
BOOK OFFで『罪と罰 (上)』を買い、
初めて入る定食屋さんで牡蠣フライ定食を食べ、
古着屋にふらっと入って秋服を買い、
スーパーでぶどうぱんを買って帰ってきた。
ちなみに銀行と定食屋さんは隣駅前で、移動はすべて徒歩。

家に着く直前までは、歩きながら、
さて、これから仕度して…小田原に着くのは何時になるかなー…
なんて考えてやる気を出そうとしていたんだけど、
全く出てこないことに気付いた。

とてもじゃないけどもう今から仕度して小田原まで行く気力ないや…
と気付いて、
別にどうしても今日帰らなきゃいけないわけじゃないんだから…
とも気付いて、実家に電話。
やっぱ帰るのは明日にする。

気分次第で変えてもいい、ってことはすごく心が楽になる。

そこからまたぐでーんとしてたかというと、
これが不思議なことに急に部屋を片付け始めてしまった。
掃除機もかけた。

ここのところの気分の落ち込みで、部屋もだいぶ散らかってた。
それを、完璧とはいかないけど(そうする必要もないし)、
かなり整った感じに片付けることができた。
落ち込んでぐったりしてた時には
「この部屋、もうずっとこのままなんじゃないか…」とか思ってたから、
そんなことない、ってのが目の前に証明されて、ほっとした。

たぶんね、
実家に行って、この部屋に帰って来た時に、
散らかったままだったらげんなりするから、
それなりにきれいにしてから出発したかったんだろうな。
そんで、きれいにするには、今日の夕方〜夜が必要だったんだろうな。

片付けをしながら、
小田原に持っていく必要があるものをまとめたり、
実家にいる間にやるべきことをリストアップしたり、
ゆっくりと準備をすることもできた。
バタバタと仕度して無理矢理にでも今日出かけてたら、
持ってくの忘れてただろうなーってものもいろいろあった。

途中、ひと息つこうと思って、
ゆたんぽであっためておいた布団に足をつっこんで
買ってきたばかりのドストエフスキーを読んでいたら、
だんだん眠気がやってきて…そのうつらうつらがものすごく快かった。


明日は早めに家を出よう。

ミュージカル映画『RENT』を観た。

未来もない
過去もない
今日という日があるだけ

主人公たちほど過酷な状況には生きていないから、
切実さという点では敵わないけど(でもそれは、幸せなことでもある)、
毎日、毎瞬間、こう思って生きれたら、どれだけ人生が変わるだろう。


52万5600分という時間。
あなたは、どうやって1年を数えますか?


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