Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2010年10月

いまだに部屋にポスター(額入り)を飾っているJUDY AND MARYファンの私ですが、

YUKIちゃんがこんなに「化ける」とは思っていなかったなぁ。

なんだか、どんどんすっごい歌い手になっていくようで、

嬉しいけど、ちょっと寂しい気もする、そんなよくある「昔からのファン」な気持ち。

ライブCD+DVDが出るんだって。

夏にフェスでYUKIちゃんのステージを観た友達(特にファンではない)が

「YUKIちゃんやばい!実はあんま期待してなかったんだけど、ほんとによかった!」
と言っていた。

楽しみだな。


私が中高生だったときにCharaやNOKKOを聴いてたような感覚で

今の中高生たちはYUKIちゃんの音楽を聴いてたりするのかな。

そう思うとなんだか微笑ましい。

とりあえずお姉ちゃんのことは置いておいて
私は私の幸せを追求しようと思ってみるけど
すぐにそれが無理だと気付く
だましだましでいいならできるのかもしれないけど
心はいつも戻ってきてしまう

何か別のことに意識をそらしたり
注意して考えないように努めたりもしてみるけど
その不自然さにさらに不安が募る
こうしてる間にも何かできることがあって
それをやらないばっかりに後々すごく苦しい目に遭うんじゃないかとか
今でも十分苦しいんだけど

ネットで「ひきこもり きょうだい」って検索すると
同じように苦しんでいる人たちの言葉に出会える
そこで「心が晴れる日はない」という書き込みを見つけて
自分の気持ちを代弁してくれてるようだって感じた
楽しいことが何ひとつないって意味ではもちろんないけど
どんなに楽しいことがあっても
それを思い出すだけで暗い気持ちになることがあるって意味ではある

ひきこもりは100万人くらいいるとも言われていて
平均して2人兄弟(姉妹)と考えたとしても
ひきこもりのきょうだいも同数程度いるってことになる
なのに、「ひきこもりの兄弟姉妹の苦悩」をテーマにしているような本は
ひとつも見当たらない
マスメディア上の「ひきこもり問題」では
当事者個人の問題や当事者と両親の問題ばかりが語られていて
兄弟姉妹はまるで存在しないかのような扱いなんだ

同じ境遇の人たちの言葉を読んでいると
自分ひとりじゃないって思ってほっとするのと
状況の複雑さと苦しんでいる人の数に絶望的になるので
ボロボロ泣いてしまう
というか、わーわー泣いてしまう
子どもみたいに

そしてなんかもうろくでもないって気分になって
どうすりゃいいんだよって苦しくて
んじゃこんな検索しなきゃいいのにとかも思うんだけど
せずにはいられない
せめて何かヒントのようなものとか
励ましの言葉とか
こんなに苦しんでるのはおかしいことじゃないって確認とか

縋るワラがほしい

この記事はお姉ちゃんも読んでいて
もしかしたら私に責められている気になるかもしれないけど
全然責める気持ちはないから
それだけははっきり書いておくね

いま私は不安で不安で
とにかくその気持ちを誰かに聞いてほしいんだと思う
だから、書いてる

今までは
こんなことでわーわー泣くなんて、子どもじゃあるまいし
私がしっかりしなくてどうするんだ、みたいな気持ちが
あった気がする
子どものような言動をし続けるお姉ちゃんをずっと見てきて
私はあんな風にはなりたくないって思ってたのかもしれない
もしくは
お姉ちゃんがああしているうちは
私はああしちゃいけない、ああしない方がいいだろうなって
思ってたのかもしれない

でも、自分がニートになって
ひきこもり予備群(親和群ともいうらしい)になって
ひきこもりの人たちの言葉を読んでみたら
すっごい気持ちがわかって
そしたらお姉ちゃんに対しても
安易に何かを求めたりする気持ちもなくなったし
今まで気持ち全然わかってなくて(それはしょうがないんだけど)
ごめんね、っていうようなことは伝えた

それもあるのかな
もう別に、働きたくないって大声で言ったっていいと思うようになったし
すっごく人と会いたいのに会いたくない日もあって
それを矛盾してるからダメだとかも思わなくなったし
やりたいって強く思ってるのに実際できないこともいっぱいあるし
泣きたくなったらわんわんボロボロ泣く

それから最近、本を読んでると
その本を床や窓に無性に投げつけたくなるときがある
パソコンも
仕事してた時からそう感じるときあったけど最近特に
図書館で、本当にやってみようかなって気になったときすらある
そういうとき大抵
実家でキレてモノを投げて親に当り散らしてたお姉ちゃんを思い出して
なんかちょっとあれはうらやましいなとか思う

変なの
実際それを目の前で見てたときは
死ぬほどめんどくせーーーーって思ってうんざりしてたのに
なんでこんなことが私の人生で起こんなきゃいけないんだって
泣きたくなって、でも泣けなかったのに

退行かな
私も

「子どもがひきこもりになったりすると、親は当然、心配します。心配のあまり、その子にかかりっきりになることもあります。ただ、あまりにその子ばかりに関わりすぎると、兄弟姉妹もひきこもり気味になったりすることもあると、『育て上げ』ネットの工藤啓さんから聞いたことがあります。」
(『子どもがニートになったなら』 玄田有史 小杉礼子 労働政策研究・研修機構
  NHK出版)

なーんか・・・
すっごいわかる、って感じ。
ここにきて。

小学校のときも、
中学校のときも、
高校のときも、
大学のときも、
会社員のときも、
全然そんな風に感じたことなかったのに。
(とりあえず意識の上では)

そう考えると、
うちの事情なんか知らなくても
私と出会って
仲良くしてくれたり
支えたりしてくれた人たちに
すっごくありがとうって思うなぁ。

でも、仕事辞めてみて、
本気で働きたくなくなって思ったのは
「なんか、ずるい・・・」

そんなこと言ったら、
私は大学まで行かせてもらったし
200万近くお金貸してもらって(もう全部返したけど)
やりたいこともやったし
親も姉も相当苦しんできたのも
想像はできるから
こんなこと言うのは理屈としては
間違ってるって
わかるんだけど・・・

でもなんで私ばっかこんな
生きていくために頑張らないといけないかなー
って思ったりする
理屈じゃなくてね

自立して
自分で生きていけるようになりたいとは
もちろん思うんだけど
そうなったらそうなったで
親にとっては一番都合がいいんだろうなと思うと
簡単にそうなってやりたくないって気持ちが
ある

今までいい子でやってきてあげた分
(それは無意識だったけどね)
困らせてやりたいって気がする
だけど
今までいい子でやってきたから
親を困らせたらいけないってのが染み付いてて
何をどういう風にしたらいいかもよくわかんない
あと、めんどくさい

ひきこもりの姉が
長年苦しみまくってきたであろうことも
想像するに難くないけど
今私が抱えてる苦しみが
その苦しみよりも軽いなんて誰にも言えないよね?
なのに私は
ケアされる対象にはなってない

もし今、家にひきこもりの人がいなかったら
たぶん私は思い切ってニートになってただろうな
って思う(親のお金で生活するって意味ね)

ひきこもり気味の弟がいる友達と話したときに
その友達が
大学時代に自分もひきこもったって話を聞いて
なんかちょっとうらやましかったもん

でも
もしも今本当にニートになったら
抜け出すきっかけを掴むのは
今この苦しい気分で
仕事を探したり始めたりすることの
何倍も大変でめんどくさいことに
なると思う

だから
いまだに家にひきこもりの人がいるのは
ある意味私にとっては
よかったのかもね

子離れできない親を
10年以上も(そうとは知らずに)
見続けてきたこともあるし
それを思うと
今更親の保護や干渉の下に入りたいとは
思わない

でも
だからといって
じゃあもう自分は自分で勝手に生きていく
って簡単に言えるわけじゃないのは
上に書いたとおり
ってか
話が戻ってぐるぐるだ

私のこんな気持ちを
姉が理解できないのはしょうがないにしても
「親の愛情を独り占めにしたってこと?云々」
っていう安直な発言をされるとげんなりする
そんな単純なことじゃないと思う
逆ギレされたりなんかした日には
どんだけめんどくさいんだ

現に
私は19年間
それなりに楽しく生きてきたし
こういう家庭状況だったからこそ
自分でできるようになったことや
考えられるようになった人の気持ちとかも
あると思うし
親の愛情だって
それなりに受け取ってきたと思うよ
(客観的に振り返ると
  わりとヘタクソな愛情だったかも
  とは思うけど)

じゃあ何なんだろうな
何がどうなれば私は満足なんだろうな
全然わかんないや
わかんなすぎて怖い
どうにかしないといけないのに
どうすればいいのかがわかんないって
怖い

あんま見ないようにして
突っ走ってきたから(振り返って思ったことだけど)
燃え尽きたのかも


あー
明るく生きたい

楽しかった時間の空気が
まだ部屋の中に残ってる

昨日はうちに
にんにんといもっちが来てくれた

描き手を目指しているにんにんと
出版関係に勤めているいもっちを
会わせたら面白そうだなと思って
にんにんが奈良から泊まりに来てくれたこの機会に
実はわりとご近所さんのいもっちを誘ったのだ

2人は船を降りて以来の再会だったとのこと
こういうふうに、自分が人と人をつなぐ動きができるのは
すごく面白いし、嬉しいことだよなぁ

創作や出版の話でももちろん盛り上がったけど
それ以前にやっぱり同じ船に乗っていた仲間
船の思い出話がいっぱい出たよ

いもっちは新聞局員
私とにんにんはブッカーだったので
みんな船の上での少なくない時間をピーセンで過ごしたってこともあって
新聞関係の話は特に盛り上がった
私が保存しておいた船内新聞を出して
3人で爆笑しながら懐かしんだりしました


目標を追いかけて一歩ずつ進んでるにんにんの姿や
いい意味で世の中を甘く見て(笑)気楽に仕事しているいもっちの話を聞いてたら
なんだかちょっぴり動き出したい気もしてきた

そしてそれはさっそく形として現れて
今日ハローワークで見つけた求人にさっそく応募してみました
短期だし、競争率高そうなのでダメもとだけど
図書館業務の仕事です

日曜日、船内見学会が終わった後に
船の中で撤収作業を手伝っている時に
大量の本を本棚に戻す(並べる)っていう作業をやったんだよね
それをやっている時に
「私、この作業好きだわ〜」と思ったのだ
そんな気持ちを思い出して、選んでみました


また沈むこともあるだろうけど
この「あとひく嬉しさ」が行動につながる感覚を
覚えておきたいな

今日と明日の2日間、船内見学会のお手伝いをすることになりまして。

昨日のみどりのコメントの早とちりっぷりには笑わせてもらいましたw
いや、でも、すごく、みどりっぽい!!www
てんやベルの例があるってったって、
そこまで急遽乗ることにはならないって!!w


今日は、私以外にも何人か元ボラスタが「助っ人」で来てました。
私は52のブッカーでむちゃお世話になったあっちゃんからの連絡で頼まれての参加。

業務内容のレクチャーをしてくれたI丸さんwの話によると、
見学会要員は今後も増やしていきたいそうなので、
興味ある過去乗船者の方は、
知り合いのスタッフ伝いでI丸さんに連絡してみるといいかも?


さて、見学会ですが、なかなかハードでした。
(今日一日で2000人以上のお客さんが来ました)
もちろん、初めてだったからってのもあるだろうけどねー。
でもま、できることしかできないんで、できる範囲でそれなりにがんばりました。
明日は、今日よりはマシな感じになるといいかと思います。

一日終わっただけでぐったり疲れちゃったけど、
オセアニック号の中が見れたのと(しかも、グレードの高い部屋も入れたし)、
たくさんのスタッフ・元スタッフの友達との再会もできたので、
けっこうとんとんかな、という感触です。

明日、寝坊しないように気をつけます。

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