Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2010年12月

たぶん一部の人には朗報!
『あいのり2』がPCで、ネット上で観れることを発見した!

公式サイトはこちら。
http://www.1924.jp/ainori2/index.html


さっそく12月25日に配信されたという第1話を観た!
テレビでやってたやつも、最後の方数年は観ていなかったので、
すっごくひさしぶりの感じ。懐かしい。面白い。

うちはテレビがないので、
もし地上波で復活してたとしても、結局観られないんだよね。
それに、実際地上波『あいのり』の最後の方数年は観ていなかったっていうことから
考えても、放送時間が決まってる番組を、その時間を確保してまで毎週欠かさず
観たいと思わなくなってる自分がいる。

だけど、ネット配信でいつでも好きなときに観られるなら、
毎回観ちゃうよ〜これ〜。
だって、やっぱ好きだも〜ん。

人件費削減もあるのでしょうか、
『あいのり2』は、マチャミ、今田、晴彦がやってたスタジオのMCはナシです。
あったのに慣れてると、ないのがさみしく感じるけど、
たぶん慣れちゃえばなくても特に問題なさそうだと思う。

第1話の感触としては、MCが入らないデメリットは「ツッコミが(ほしいところで)入らない」「共時性の感覚(一緒に笑い、一緒に感動するetc.)が薄い」って感じか。
メリットとしては「観ている人が自分の価値観に合わせて自由な受け取り方ができる」
「うっかりバカにした笑いや、人と違っていることを責めるような発言を発信することを避けられる」ってことかな。

私は『あいのり』にいろんなことを教わったけど、たぶん一番大きかったのは
「世の中には変な人はいっぱいいる(というか、誰でもみんなどっかしら変、だからそれでいい)」ということと、
「普段どんなに順調な人生を歩んでるように見える人でも、内心では緊張したり怖かったり恥ずかしかったり悔しかったりしている」ということ。

それは、映画やドラマで観たとしても「でも、結局これはドラマだもんね」って思ってしまうことであり、また広告やCMの世界ではほとんど見せてくれない気まずさや汚さや醜さ、欲望だったりした。

高校生の私がそうであったように、
これから大人になっていく子たちが、またこの『あいのり2』を観て、
そういうことを感じ取ってくれたらいいなぁ。


それにしても、新ルールは過酷だ・・・!!!

あ、あと、でんじが「水曜どうでしょう」のミスターさん
(鈴井貴之)に見えてしょうがないw

電車の発車ベルで、音楽が流れるやつってあるじゃん。

例えば、JR山手線。
高田馬場駅は「鉄腕アトム」で、
恵比寿駅はエビスビールのCMの曲だったりする。

今日、馬場から帰ってくる時、珍しく各駅停車に乗ったんだけど、
上井草でドアが閉まる前に流れた音楽(発車メロディー)が、
「ガンダム」の曲だった・・・!!
(機動ぉ〜戦士〜ガン〜ダムぅ〜、ガンダムっ♪ってやつ)

半分眠りに落ちかけていた私は、それが聴こえた瞬間ハッと目を覚まし、
「ガンダムかよっ!!」
とツッコんでしまった(心の中でw)。

な、なぜにガンダム・・・!??
こ、こんなところでこのメロディと出遭うとは・・・!!

今までにも各駅停車で上井草を通ったことは何回もあって、
その時にもこの曲は耳にしていたはずなんだけど、
ファーストガンダムを観たことのない時点の私にとっては、
それは特に意味のないテキトーな音楽でしかなかったのね。

でもここ最近の私はファーストガンダムのDVDを借りてきて観ていて(詳しくはこちら)、
毎日のように主題歌を聴いているので、
時々頭ん中でヘービーローテするくらいメロディが染み付いちゃってんのねw

だから、その瞬間、
「ユリイカ・・・!!!」レベルの衝撃が走りw、
そんな自分に爆笑したのでした(心の中で)。


ちなみに今調べたところによると、
上井草には、ガンダムシリーズを制作したサンライズという会社があるそうで。

駅前にはガンダムの銅像もあるんだって。
商店街のシャッターにはガンダムが描かれてるんだって。
「ガンダムの街」として知る人ぞ知る所なんだって。

へぇ〜
へぇ〜へぇ〜へぇ〜へぇ〜へぇ〜へぇ〜。

今日、納品された図書ですごく面白いのがあった!


Drainspotting: Japanese Manhole CoversDrainspotting: Japanese Manhole Covers
著者:Remo Camerota
Mark Batty Publisher(2010-06-22)
販売元:Amazon.co.jp
クチコミを見る






洋書なんだけど、内容は「日本の個性的なマンホールカバーの写真集」。
そう、この表紙の版画みたいな粋な絵も、消火栓の蓋なんだよー。

オーストラリア出身の写真家が、日本各地のマンホールの写真をまとめたんだって。

他にどんな写真が載ってるかチラ見したい方は、こちらがいいかも。
http://gigazine.net/news/20100524_drainspotting/

16.5 x 16.4 x 1.7 cmっていうちまっとした本なんだけど、
これがかわいくて、面白い!
しかもマンホールて!

みうらじゅん的な遊びですねぇ。

よくぞこんなに撮ったな〜って感じ。
オタクっぽくて非常にええわぁ。

「受入」と呼ばれる作業(IDふって、バーコードシールを貼る)を終えて、
パラパラとめくって楽しんでたら、ふと神奈川県のページで
「あれ?この蓋、なんか見覚えあるかも・・・」と手が止まった。

キャプションを見ると、Odawaraって書いてある!
Oh!!My
(?) Odawara!!

しかもその写真が、マンホールだけを写した写真じゃなくて、
マンホール(というか四角い排水溝の蓋かな)と風景を一緒に写してあるやつで、
よくよく見たら、前働いてた会社のむちゃくちゃ近くだった・・・!!!
(小田駅から、旭丘高校に向かう道。ひもの屋の「ひもの」っていう幟と
  「北条五代祭り」っていう幟と居酒屋「ゆらり」の看板がばっちり写ってる)

うおー!お城通り!!(←通りの名前ね)
と一気に興奮したので、斜め前に座ってるSさんに
「これ地元が載ってますよー!しかも前いた会社のすぐ近く!」
とテンション高く話しかけたんだけど、
反応がいまいちだったのでちょっと悲しかったのでした。
しゅーん。(だから、ブログに書いてやるー!ってなったw)

毎日のように踏んでたもんなぁ。(しかも毎朝俯き加減だったかも?^^;)
そりゃ記憶の片隅にも残るわw



洋書の置いてある本屋さんに行ったら
立ち読みでもしてみてくだされ。

バイトを始めました。
週5(土曜は出勤)で、一日実働6時間。

とある大学の図書館員です。

にんにんといもっちがうちに来てくれた日の翌日に
ハローワークで見つけた求人で、
「働きたくない働きたくない働きたくないしかし働かないとお金がなくなる〜〜」
・・・という状態だった私が
「これだったら、うっかり採用になっちゃっても別にやってもいいかも」
「これだけで食べてはいかれないけど、“働く”の“リハビリ”としてはいいかも」
と思えたので、応募してみたのでした(
にんにんといもっちに刺激されたのもあって)。
そして、本当にうっかり受かってしまったのでした。

とにかくやるしかなくなったのでやってるけど、
気合入れたりとかしないように気をつけてます。
それでも、仕事の内容は全然きつくないし、
職場の方々も親切な人たちばかりで、気楽にやってけてます。

仕事はこんな感じ。
・カウンターで、貸出と返却の処理
・返却された図書の配架
・その他カウンターでの利用者の方の対応
・簡単な拭き掃除とコピー用紙の補充
・納品された新着図書にIDをナンバリングしてバーコードを貼る作業
・複写の依頼を受けた論文等をコピーして送付する作業
・書架整理
・その他雑用

そんなに大きい大学じゃないし、学部もかなり限られてるんで、
資料の数もそれほど膨大じゃなくて、学生も教員もそんなに多くなくて、
今のところカウンター業務も店番程度の気楽さです。

何より、図書館というところは、「利益の追求をしなくてもいい」のがとても楽・・・。
(これは、声を大にして言いたーい!)

一応「働き始めはした」ということで、ちょっと気持ちは落ち着いてます。
先のことも考えないとだけど、今はちょっと先延ばしにしてる。
そんな、いっぺんに何個ものこと考えらんないし。

とりあえず一旦年度末までの契約で、
そのあと更新するかどうかはその時の気持ちで決めるつもりです。
それまでは、しばらくなんとなーく働いて、
「がんばらないでも、それなりに世の中の役に立ちつつ、お金ももらえる」ことを
自分に教えたい、かな。

小さい頃から、図書館っていう場所はすごく好きで、
図書館で働いてる人に憧れたこともありました。
バイトだけど、そんな昔の憧れを今叶えてるなぁ〜って、ちょっとしみじみ。

司書の資格にも、学生の頃は少しだけ興味があったけど、
難しそうだし、面倒くさそうだし、あんまり面白くなさそうだし、
取ろっかな〜というとこにすら辿り着かなかった。
今、図書館学とか図書館情報学関係の本を手に取るようになってみて、
本気で取り組んでみたらすごい面白そうじゃん、っていう印象です。
今のところその予定はないけどね。
でも、自分の興味の針が振れるところに関しては、かじってみようと思ってます。

理系の大学なので、
「電気回路」だとか「建築材料」だとか「技術者のための数学」みたいな本がほとんどで、
私好みの文学やら社会学系の図書や資料はちょびっとしか置いてないんだけど、
それでも、本に囲まれてる環境ってのは、なんかやっぱり落ち着きます。

けっこう向いてるかも。

帰りの電車の中、マスクをしてゲホゲホしてる白髪の男性が、座って本を読んでいた私の前に立った。
条件反射的に「あ、たぶん譲った方がいい人・・・」と思う。
だけど、席、譲らなかった。
立ちたくなかったんじゃなく、人と会話したくなかったから。
「あ、どうぞー」「あーいやいや、いいんですよ」「いえいえご遠慮なさらずに」「そうですか、じゃあ・・・すみません」「いえいえ」「ありがとうございます」「(^^)」
みたいなやりとりが席を譲るときの典型的な会話なわけだけど、その一連の流れを実際にやるのがめんどくさくてしょうがなかった。
そんな自分が嫌になりそうだったので(既になった後だったのか?)、「へっ!“いい子”になるのはもう辞めたんだっつーの!まったくもってうざったいわ〜“この場面では譲るのが正解”って思ってる自分!!」と思っておいた。
その他結局いろいろ考えてしまったので結局“いい子”なのかもしれないけど、割愛。


駅に着いてケータイを見たら、珍しく母からCメール。電話してほしいとのこと。
かけてみると、出た母は
「もしもしー。どうも。どうですか?元気ですか?」と来た。
なぜか敬語。うざい。(よく友達同士でやるような、遊びの敬語とは違う)
「敬語はやめてって言ったでしょ!」と改めて注意。
母は、統合失調症とかの人が通う作業所を運営する仕事をしていて、「つい、仕事場にいるもんだから」と言っていたけど、私が実家にいるときから別に家にいるときでも私や姉に対して敬語を使うことはよくあった。
私の推測では、子ども(つまり私や姉)との距離を測りかねて、つい無意識に(そして不自然に)出ちゃうんだと思う。
もしくは敬語を使うことによって、子どもに対して「尊敬しているよ、バカにしてないよ」と伝えられると勘違いしちゃってる?って感じ。
実家にいた頃から、母の(私に対する)敬語には嫌悪感を感じていたけど、そのことを自覚したのは、実家を出てからだった。
しかも、母に「敬語はやめて」と言えたのは、それからさらに何ヶ月も経ってからだった
(つい最近だ)
とりあえず言えるようになっただけでも前進と思おう。
実家にいた頃に、自覚すらしていなかったのは、こういうことだと思う。
母はなんで私に対して敬語を使うんだ!?(他人行儀だし、気持ち悪いからやめてほしい)←でも、母も私や姉(特に繊細で純粋なひきこもりの姉)との距離を測りかねていろいろ大変なんだ、と思う←そのくらいわかってあげなくちゃ、私ももう大人だし←私は別に大丈夫、我慢すればいいし、何ともない顔するのは慣れてるしね←別にそれでいいや。
これを、頭の中でいつも瞬時に考えて、あまりにも瞬時だったがために、最後の「別にそれでいいや」しか残ってなかったんじゃないかと、今になって思った。
母が敬語を使って話しかけてくると、内容に関係なく、応えたくなくなる。イライラする。
だけど、敬語じゃなかったら、なんともなく話す(これは内容にもよるけど)。
姉が、同じことで傷ついてないか心配になった。


おばあちゃんの13回忌の法事の出席確認だったその電話を終えて、雨の降る夜の道を歩き始めたら、すごく嫌なことを思い出してしまって、歩きながら泣いた。

未だにゆるせないこと。

小学校5年生になったとき、新しく赴任してきたばかりでクラスの担任になった人が、こんなルールを作った。
「あだなは禁止にしよう」

私の通っていた小学校はけっこう小さくて、すべての学年が1クラスずつしかなかった。つまり、1年生の頃からずっと同じメンバーで過ごしてきたクラスだ。
もちろん、お互いの友達の呼び名も、ずっと呼び合って馴染んでいるものだった。

それを、その人は「あだなで呼ぶと、いじめにつながるからな。あだなは禁止だ」と言って、勝手に、一方的に決めてしまった。
女子同士はほとんどの友達があだなで呼び合っていたのが、「ちゃん」付け
で呼ぶようにと言われた。男子はもちろん「くん」付け。男子が女子を呼ぶ場合は「さん」付けでもいいとされた。

私が一番ショックだったのは、私の名前をずっと呼び捨てで呼んでくれていた幼馴染の男の子たちが、担任の言うことを聞いて、私の名前を「さん」付けで呼び始めてしまったことだった。
呼び捨ての親密感と、「さん」付けの距離感・・・。
天と地との差だった。
その年の男の子にしてみたら、そんなこと大した違いじゃなかったんだろうか?未だにわからない(本当は嫌々だった人もいたのかも・・・。せめて「ちゃん」にしたかったけど、恥ずかしくて「さん」を選んだ男の子もいたのかもしれない)。
だけど、小学5年生の私は十分思春期に片足突っ込んでたし、その男の子たちの中には好きな人だっていた。

感性の違いなのか?
どう名前を呼び合うかってことを大事に思ったらおかしいの?
4年以上も呼び続けてきた呼び名を、ひとりの大人の命令でなんで変えなきゃいけないの?
言葉を変えるということは、「言葉だけを変える」ことじゃない。
そんなことできるわけがない。

意味がわからなくて、全然納得がいかなくて、あまりにも理不尽で、女子たちは何回も何回も「それはおかしい」「別にずっとこれできたけど、いじめになんかならなかった」と訴えたけど、まともにとりあってもらえなかった。すごい無力感だった。悔しかった。
訴えるのにも疲れた女の子たちは、仕方なく従ったり、担任の前でだけはあだなを使わないようにしたりして、徐々にこの問題は、問題じゃないみたいになっていった。
(ちなみに私や私が仲のよかった女の子たちは、ずっとあだなで呼んでた。注意されるとうざいから、担任の前では呼ばないようにしてたんだったっけかな)

想像してみてほしい。
今、あなたのことを、心からの親しみを込めて、呼び捨てで呼んだり、あだなで呼んだりしてくれている人が、今日から急にずっと「名前+さん」付けで呼び始める他人行儀感を。
言葉が変われば、心の距離も変わってしまう。

その人は、6年生になっても担任だった。
2年間強制されたルールは、一部の子たちにとっては強制されたものだったということも忘れさせてしまったのか、中学に行っても男の子たちは私のことを「さん」付けで呼び続けた。
悲しかった。

その悲しさを、私は今でもひきずっている。
ネガティブかもしれないけど、あのときの自分は間違っていなかったと言い続けたいし、この感覚を持っている自分を誇りたいし、自分はあんなバカな大人にはなりたくないから、忘れたくないんだ。
人によっては、「そんなこと・・・」と思うような出来事かもしれないけど、私にとっては、未だに、情緒不安定な夜にふと思い出しては泣き出してしまうような古い傷だ。


大人になってから誰かに話したのは、これが初めてかもな。



このページのトップヘ