Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2011年03月

武蔵境と東伏見の間の桜並木。
もう花が開き始めてた。
なんか信じらんない。
時間の感覚が変。
冬が終わってく。


ドキュメンタリー映画『幸せの経済学』
http://www.shiawaseno.net/
予告編はこちら

中田ヒデのつぶやきで知った映画。
「5月22日、国際生物多様性デーに日本全国一斉100ヶ所同時開催を目指しています。」だって。

観たいな。


【シネマトゥデイ記事】
いしだ壱成、母親と原発実験に反対運動、11歳でボコボコにされた凄まじい体験をつづったブログが話題に

http://www.cinematoday.jp/page/N0031326


オリジナルのブログ記事
http://ameblo.jp/isseiishida/entry-10819818986.html


読めてよかった。

書くのは疲れるけど、
書かないのもぐったりする。


昨日つくった根菜の味噌スープ。おいしいんだけど、おいしくない。
ごぼう、にんじん、だいこん、かぼちゃ、長ねぎ、こんにゃく、豆腐、しいたけ、生姜。
味付けは、醤油と味噌。仕上げに白すりごま。
前回つくった時は、材料はほとんど自然食品店で買った。
その頃はまだお金あったから。今回は一般のスーパーで買った。
びっくりするくらいアクが出た。ぶくぶくと。前回はほとんど出なかったのに。
ごぼうとにんじんが特に、なんとなく薬臭いような味がする。
自分の感覚でしかないし、今までにも食べたことはあるいわゆる「にんじん臭さ」「ごぼう臭さ」ではあるんだけど・・・。全然、食べられないほどってわけじゃないし、偏見から来るプラシーボ効果みたいなものじゃないのー?って言われたら反論もできないんだけど・・・。
でも、口に入れるたび気になる。
なんだかなぁ。
もちろん、感謝して全部いただくけど。
今度からはごぼうとにんじんだけでも自然食品店で買おう。
一般のスーパーで買ったら薬臭かった野菜で一番ひどかったのは、長いも。


「不立文字(ふりゅうもんじ)」という言葉を知る。
禅の思想で、言葉による伝達よりも、実践による悟りの体得こそが大切とする考え方のことだそう。
「言無展事(ごんむてんじ)」という言葉もあって、これは、言語は存在をそのままに、あますところなく提示することができぬ、ということらしい。
最近考えてることと近くて、ふむふむと思う。
言葉の持つ力の大きさを、ずっと、小さな頃から信じてきて、それはそれで正しくて、でも言葉の持つ限定性や限界にもやっと気付いて、言葉を過大評価しないようになりつつあって、これからも書くことは続けていくと思うけど、自分にとって言葉っていうものがどういう意味を持つものになっていくのかは、全くわからないなと思う。


せっかくの休みなのに、何か有意義なことをする気に全然ならない。
めんどくささと戦いながら、しなきゃいけない洗濯と掃除だけする。
夕方になって、本とDVD返却のためだけに外出。
たくさんの人間を見て、なんかホッとする。
日の長さと「寒くなさ」(暖かさ、ではない)に、春が近づいてるんだっけ、と気付く。


気を抜くとすぐ、「もう生きてくのが嫌だ。めんどくさすぎる」って気分になる。
間断なくわいてくる感情。
考えなきゃいけないこと。あるいは考えなきゃいけないと思い込んでること。
暮らしていくためのお金。仕事。
家族のこと。人間関係。
付き合い。情報。つながり。しがらみ。
将来。夢。可能性。責任。
繰り返していくこと。
振り返ればあっという間でも、実際に過ごしているその時はあっという間でもなんでもないこと。
なんとかやり遂げないといけないのか・・・。
どうしてこんなに心に余裕がないんだろう。


英語がわかる方!
教えてください。

この歌。

Crazy Rideって遊園地とかにある絶叫マシーンのこと?
つまり人生を上がったり下がったりの絶叫マシンに例えてるってことでしょうか?
Michelleはこの歌を娘に向けて歌ったようにも受け取れます?



なんとなくのニュアンスで聴いてるけど、
とても好きです。

未来の自分と約束はしないことにしているので断言は避けるけど、
福島の原発事故の報道に接していて思ったのは、
マクロビオティックとホメオパシーについてもうちょっとちゃんと勉強してみようかな、と。

マクロビオティックとは何なのか、
ホメオパシーとは何なのかは、ここでは割愛。
気になる人は各自調べておくれ。

もともと興味はあったし、
少しずつ生活に取り入れてみたりもしてて(特にマクロビは)、
私個人としての「感触」とか「相性」「ピンとくる感じ」はかなり好い印象。

本当はこんなことがきっかけになるなんて嫌だけどね。
でも、今から勉強したり実践したりしていったら、
いつか(もちろん来ないに越したことはないのだが)何かの役に立つかもしれない。
いや、というか、むしろそんな時が来ないために、身に付けたいんだな。

放射線被曝によって傷つけられた細胞が癌になるかならないかは、
自己治癒力のようなものの個人差も影響してきます。
マクロビやホメオパシーで、その力を強められるという保証や
21世紀の現時点における科学的な証拠はないけど、
何の役にも立たないという論拠もまた、ないんですよ。
広島で原爆が落ちた後、手づくりの味噌を食べ続けた子どもたちは
原爆症を発症しなかったというような話も小耳に挟みました。

世界にはたくさんの代替医療や民間療法なんかがあって、
いわゆる現代の「科学」では解明されてなくても、
人々の癒しに役立ってるものがたくさんある(逆もあるけどね)。
マクロビみたいに食べ物や食べ方に関する哲学だったり、
ホメオパシーのように自然から薬のような形で影響を与えてもらったり、
ヨガや整体なんかは身体を動かしたり呼吸を整えたり、
瞑想とかで集合的無意識みたいなとこから解決法もらってくる人もいたり。

「科学」はさ、いつでも、誰にとっても、同じ現象が再現できる、
そしてそれを計測できることを前提にしてるけど、
私としては、代替医療や民間療法みたいなものは、
「相性」とか「共鳴」みたいなものがすごく大事なような気がするのね。
どの方法も、あらゆる人に同じように効くわけじゃない。

これまでの人生で出合ったセルフケアの中で、
今このタイミングで私の心を動かしているのは、
マクロビオティックとホメオパシー。
その小さな事実からすでに、意味を感じ取ってみようかな、と。

非常な努力をして・・・とかやるつもりは全くないけど、
意識だけは持っていこうと思う。

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