Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2011年04月

初めて、英語で本を一冊読み切った!

むっちゃ達成感を感じた!

Harry Potter and the Philosopher's Stone
Harry Potter and the Philosopher's Stone
J.K.Rowling

読み切ったっていう事実そのものもかなり嬉しいけど、
それ以上に、
「辞書を引かない」
「多少わかんなくても気にせず読み進む」
「英語を“勉強”するために読むんじゃなくて、物語を楽しむために読む」
が貫徹できたことが本当に嬉しい!
やった!

今までに挑戦した時は、これらの完璧主義で
「隅から隅まで理解して進まないと大変なことになる(あるいは、もったいない)」
と思い込んで、結局挫折してきたからね。

原語で、大好きなハリーたちの世界に行けたのは本当に楽しかった!


今回はこの本にすっごく助けてもらった。


「ハリー・ポッター」Vol.1が英語で楽しく読める本
「ハリー・ポッター」Vol.1が英語で楽しく読める本
クリストファー・ベルトン

この本はすごい!私にぴったりだった!
参考書のような感じで、
章ごとに難しい単語の訳がすぐわかるようになってたり、
日本人にはなじみのないイギリスの生活習慣について解説してくれてたり、
伝統的な魔法世界の常識について教えてくれたり、
ハグリッドの訛りパターンについてレクチャーしてくれてたり、
単語数や単語の難易度レベルについて解析してくれてたり、
ハリー・ポッターの世界をすでに知ってる人には、読むだけでも面白い本だから、
読み進めるごとに現れるコラムや解説を読むのが楽しみで、
それもモチベーションになった。

それから、図書館で借りたこの本の貸出期間が3週間だったのもよかったかも。
次に他の人の予約が入ってて延長できないのがわかってたから、
どうしても3週間以内に読み終わらなきゃいけないっていう制約があった。
最後なんかもう、ラストスパートですよ、えぇ。

そして無事、ぴったし3週間(ギリ!)で読了!

Congratulations to myself !!

浜岡原子力発電所付近の直下型で東海大地震が発生してしまったら・・・
と想像する時の恐怖と頭が真っ白になりそうな感じは、言葉では表せない。



「浜岡原発が地震によって事故を起こすと、
  今の福島での事故が線香花火と思えるくらい危険」


心からの叫び!元原発技術者菊地洋一さん中部電力靜岡支店で訴えた
@Youtube
http://www.youtube.com/watch?v=gNWVljrvl3o



浜岡原発とめても電気はだいじょうぶ
http://nukewaste.net/denryoku.html
も是非見てください。



今まで見た訴えの中で、一番悲痛で胸に響いた。
というか、ショックだった。

廃炉にするかしないかの議論をしている余裕は、実際ないだろう。
今この瞬間に大地震が起きてもおかしくないんだ。
これは冗談でも脅しでもない。
だから、菊池さんの訴え(とにかく
東海大地震が過ぎ去るまでの間、どうか浜岡を止めておいて欲しい)は多くの人の思いを包括していると思う。
「全原発即時停止希望!」の人も、「まだ反対でも賛成でもないけど、福島で起こってるようなことが自分の生活圏で起こったら困る」と思う人も、「安全が保証されるなら、原子力賛成。ただし、対策は徹底してするべき」という立場の人も、「原発が、原子力政策がなくなったら、俺にとっては一巻の終わりだ・・・」という人でさえも、これ以上大事故が起こってほしいとは思っていないのは同じなんだから。

カネだとか、利権だとか、面子だとか、学者の権威だとか、
そういうことまで含めて考えても、中部電力の止めないという選択が
私には全く理解が出来ない。
だって、本当に浜岡で大事故が起きたら、今守ろうとしてるそんなモノ、
何の価値もないような国になってしまうんだから。

電力会社の人たちは、今の生活(特権や報酬)を守りたいの?
日本中が放射能汚染で死の大地になっても?



涙も出ない。

インプットする情報の量に対して、
アウトプットする情報の量が少なすぎる。
という理由で疲れている気がしてきた。

別に、インプットした情報をそのまま他の人にアウトプットするとか、
自分の中である程度加工して(要約するとか感想を添えるとか)誰かに提供するとか、
そういう直接的なことじゃなくてもいいんだろう。

風野さんと藤くんと平丸さんに萌え、なんてのも、けっこう前から
書こっかなーどうしよっかなー別に書かないでもいっかなーこんな時に・・・
みたいなことを頭の隅で繰り返してたのだけど。
やっぱ書いたらすっきりしたし。

経験上、このブログで書きたいことを書きたい形で書けてる時は
だいたい調子がいい。
友達と会ってしゃべるとスッキリするって人も多いと思うけど、
私の場合はしゃべって伝えるのが苦手だから、
ある部分ではすっきりしつつも、ある部分では逆にストレスになったりしちゃう。
なので、やっぱり書いた方が(当面は)よさそうだ。

最近はいつもだるくて、書くのもなんだか億劫に感じてしまう。
運動と似てる。
実際に一回一回やり始める時は「めんどくさーい」んだけど、
だからと言ってやらずに済ませてしまうと、結果的に身体がだるいんだよね。
そして悪循環なんだよね。
「よし!やるぞ!」と決めてやり始めると、結果身体も軽くなってすっきりする。
そうなんだよねー。

注!
梨木香歩『沼地のある森を抜けて』と大場つぐみ/小畑健『BAKUMAN。』のストーリー内容に触れていますので、ネタバレが嫌な人は気を付けてね。


地震と原発事故が起こってから、最初に読んだ小説は『沼地のある森を抜けて』だった。
この物語は、家宝(?)として代々受け継がれてきた「ぬか床」がぐえーっと“呻いたり”、その中から人間のような存在が“発生したり”するという筋書きから始まる話で、妙な不気味さを湛えつつ(そんな気味悪いぬか床なのに、主人公たちはそれで漬けたぬか漬けを食べる・・・!しかも美味しいらしい)、「細胞」をひとつのテーマに据えて「命」や「性」について書かれてる(「性」は、セックスというより、生殖って感じか。雄性細胞と雌性細胞とかね)。
読むのは3度目だった。

原発事故関連の情報や放射線の影響についての情報を集めまくって、自分なりに勉強していたら、なんとなく「細胞」に気持ちが向いたんだと思う。(放射線が生物に影響を与えるのは、DNAを破壊するからです)
あと「命」にも、かな(これは後付けかも)。

その『沼地のある森を抜けて』には、風野(かざの)さんという男性(?)が出てくるんだけど、ここで「(?)」をつけたのは、風野さんは自分の男性性を否定して生きてるからなのね。

風野さんはこんな人だ。
--- --- ---
―彼? 男の人なんですか。叔母がぬか床の話をしたとか、上がってお茶を飲んだ、とかおっしゃったので、てっきり女の人かと。
―それが……。
木原さんは少し困ったように微笑みながら、
―あの人は、彼女、と呼ばれても、構わないと思いますよ。かえってその方がいいかも……。
―え? じゃあ……。
―ええ。外見は、そうね、優男、すごくボーイッシュな女性っていう感じかしら。そういう人たちが、ことさらにフェミニンな格好をしたがるのとはちょっと違う。勤め先が勤め先だからでしょうけれど、まあ、中性的ってとこかしら。けれど言葉遣いなんかでねえ、分かってしまう。
--- --- ---
数日後、喫茶店で初めて風野さんに会った。
風野さんは頭骨が小さく奥行きのある、北欧の人によく見られる形をしていて、それはみかん形の多い日本人には珍しい造形だった。私は風野さんの頭骨に見とれた。ストレートの長めの髪を後ろで一つにまとめていた。それは私と同じ髪型だった。
―時子さんの姪御さんなんだ。すぐわかった。入り口で。
風野さんはにっこり笑いながらアイスコーヒーを飲んだ。やはり女性というには低い声。けれど「女言葉」。細くて長い指。けれど節々がゴツゴツと目立っている。
(中略)
―私の専門はもともと清酒酵母なの。今は海やら山やら、野外で生活している酵母菌との出会いを求めて走り回ってるって生活だけど。
研究者の中には、研究対象の菌をすっかり擬人化しペットのようにかわいがっている人たちもいる。出会いを求めて、というのを聞いて、風野さんがそういう類の研究者と重なった。
--- --- ---
べたつく海の風が強く、私は帽子を押さえた。同じ風が、私の後ろを歩いている風野さんの髪をざっと乱した。ちょうど輪ゴムを外してまとめ直そうとしていたらしい。ただでさえ、ぱさぱさと乾燥した風野さんの髪が、ますます荒れていくのではないかと、妙な心配をする。男友達にこんな心配をしたことがない。風野さんというのは、私の中では女友達に近い存在なのかもしれない、とふと思った。
カモメが甲板から手が伸ばせるぐらいの所を飛んでいる。
--- --- ---
(『沼地のある森を抜けて』 梨木香歩 新潮文庫 より引用)


以前に読んだ時は、風野さんというキャラクターを「設定」としては魅力的に思ったものの、ひとりの人間として惹かれる、というようなところまでの思い入れはなかった。だけど、今回読み返してみて、すごく心惹かれる存在だと感じた。大袈裟に言うと「セクシー」だなぁ、と。中性的であろうとしている人なのにね。

彼(彼女と言った方がいいか?)が、自分の男性性を消そうと思ったきっかけってのがあるわけだけど、そのエピソードひとつとっても、私にとっては風野さんという人がすごく繊細で誠実的な、しかし意志の強い人だということが改めてわかって・・・こんな人、現実にいたらお近づきになりたいなぁ、って思ったのでした。

そんでね、小説とは全然関係ないんだけど、ひさしぶりにバンプの曲を聴いてたらふと、藤くん(バンプのボーカル)のビジュアルって、私の中の風野さんのイメージにすごく近いなぁって気付いたんだ。
神経質そうな雰囲気の細身で、優男で、目は細いのにその奥にしっかり意志が宿ってるところとか。
風野さんはもっと髪長いんだけど、でも藤くんも男性としてはかなり長い部類だしね。
中性的な空気を纏っているのに、細部を見つめると男性的な魅力をちゃんと持っている感じとかね。

もともと藤くんはセクシーだと思ってたけど、そこに加えて、勝手に風野さんのイメージを重ねてみた(映画のキャスティングをするような具合に)。
小説の中(つまり、ビジュアル的には私の頭の中)だけに存在してた風野さんが、急に画面に現れたようで、ちょっぴりドキっとしてしまった。


なんて思ってたら、もう一人、風野さんを彷彿とさせる人を見つけた。
実在の人物じゃないけどね。
それは『BAKUMAN。』の平丸さん。
この人、最近私の中で株が急上昇中なんだ。告白した回は、『BAKUMAN。』の今までのエピソードの中でもダントツに面白かった!そして感動的だった!ユーモアの味付けもばっちりだった!

平丸さんもまた、神経質そうな細身・優男・長髪で。三拍子揃ってる!
厭世的な雰囲気とかは、風野さんの、男性性を否定する時に見せる目の光(小説なので、もちろんそれをこの目で見たわけではないけど)に通じるものがあるし。
子どもみたいな真っ直ぐさを持ってるとことか、だけど吉田氏との絡み(という本気も交えつつの遊びw)を見てると実は大人だよな・・・って思うとこもあったりするとことか。
それから、シニカルなユーモアのセンスかな。風野さんもそういうこと言う人なのよ。
どんどんこじつけてるだけかもしれないけど、またしてもピコーンと脳内キャスティングをしてしまった。楽しい。


自分が、藤くんや平丸さんのような外見の人に異性としての魅力を感じるかっていうとそうでもない気がするけど(あくまでも、今までの経験の範囲では、ね)、内面的なことを言えば、風野さんのような人と出会ってそれなりに人生に対する態度の話などをしたら、好きになってしまう可能性は高いなぁって、思った。


以上、完全に趣味の話でした。

箇条書き。
まとまってなくてよい。
思いついたり、思い出したら、書き足す。


・家に帰ってきてから、Ustreamで中継されてたこと、多いときには一万人超の人が視聴してたことを知った。嬉しかった。デモの様子を初めて見た人もたくさんいただろうな。

・今回のデモが画期的だった理由のひとつは、「組織的な動員が全くなく、ネットを通じて『個人』(しかも多くは若者)が集まり、これだけの人数になったこと」だそう。
私もよくわかってない部分があってうまく解説はできないけど、従来のデモっていうのは、主に市民運動に普段から「ガチで」取り組んでるようなおじさんやおばさんの参加が多くて、しかも労組とか左翼系の団体(?)が組織的に人数を集めてくるような形が多い。それで、何百人とか、多くても何千人とか。
それが、ブログやツイッターや口コミで、若者中心に一万五千人集まったわけだから、文字通り前代未聞だったってこと。これだけでも、ワクワクしちゃう話だよ。

・ツイッターで、今回のデモに対する様々な意見や感想を読んで、すごく刺激を受けた。今まで自分が参加したデモで、ここまで注目されたものはなかったから!
本当にいろんな人がいて、いろんな考えがあるんだ、ってことを実感する。絶対に自分の中からは出てきそうもない考えを「へ?そんなのあたりまえじゃん」という感じで持ってる人もたくさんいる。

・歩いてる時から、この騒ぎじゃーある一定数は迷惑を被っている人はいるだろうなぁ・・・申し訳ない・・・と思ってました。あの規模じゃね、誰一人にも迷惑をかけないのは無理。
高円寺の住民の方やお店の方で、ご迷惑をおかけしてしまった方、すみませんでした。
でも、ありがとうございました。
あとから、高円寺では阿波踊りのお祭りがあるって知って、ちょっとホッとしたりしました。お祭り騒ぎには全く慣れてないってわけじゃないんだ!って思えたので。
「より大きな善のために」っていう言葉でなんとかご容赦してくださる方がいらっしゃれば(多くはないかもしれませんが)とってもありがたいです。

・市民はデモをする権利がある!ってことを改めて感じることができた。私の目の届く範囲について言えば、参加者はみんなちゃんとルールに則って歩いてたと思います。警察と衝突してるような人も見かけなかった。

・音楽の力ってすごい!同じ気持ちを共有する人々の心をつなぐパワーがある。そういえば、アパルトヘイトをなくす運動の時も、音楽が人々をつなげたんだっけ。

・ツイッターで、「ただのお祭り騒ぎだ」「こんなのデモじゃない」ってつぶやいてる人をけっこうな割合で見かける。そう書いている人たちをひと括りにはできないんだけど・・・「デモとはこうあるべきだ!」という持論や自分なりのスタイルがあってそれを実践している(つまり、そういうデモを主催したり、そういうデモに参加したりしている)人は、表現方法が違うんだな、というだけの話なんだけど、そうでなくて、頭の中だけでの「デモってこんなイメージ」というのと今回のデモを比較して言ってる人は、あんまり多様なデモを見たことがなくてびっくりしちゃったんじゃないかなー、なんて思った。(まー私もそんなに経験があるわけじゃないから偉そうには言えないけどね。あくまで推測)
普段の日本じゃ絶対に見かけないような光景だし、すごくインパクトある映像じゃん。変化を恐れがちな人とか、ルールに則ったカオスに耐性(?)がない人は、びっくりして抵抗感を持ってもおかしくないかもねーって。
特に、学校教育的な意味で「いい子」として育って大人になった人は、お巡りさんに大声で注意されるなんてだけでも「非常事態」や「とんでもないこと」だろうからねぇ・・・。

あとは、「真面目」と「楽しい」は両立しないと思い込んでる人も多いと思う。これは、昔の自分がまさにそうだったので、実感を込めて言える!!沈痛な面持ちで、神妙に振舞わないと、全部「不謹慎!」って思っちゃう人は、日本には多いんだよー。
だけど、そうじゃない人も多いってことも、今回のデモでわかった。嬉しい。

・運営がUPした動画!さすが、よくまとまってます。いろんな人がいるってのがわかるよ。
高円寺 4.10反原発デモ @Youtube
http://www.youtube.com/watch?v=MAU1kos_n9g

まさに私たちが歩いてた辺りの映像〜〜。0:30くらいから。
民の声/STOP NUCLEAR POWER PLANTS / KOENJI TOKYO @Youtube
http://www.youtube.com/watch?v=leafNnVWB24&feature=related

・歩きながら、たくさんの人が写真や動画を撮ってるのを目にした。きっと、デモが終わってからネット上にアップしたり、親しい人に見せたりするんだろうな〜って思った。
大手メディアは報道しないか、してもすっごくちっちゃい扱いだろうけど、ネットを通してこのデモがあったこと、デモの様子を知る人は少なくないだろうと思った。
インターネットは、使い方次第で強い味方になる。

・初めてデモの警備したお巡りさん、いっぱいいただろうなー。圧倒的に若い人(巡査?だよね)が多かったし、タジタジしてた人とかもいたしw お互いいい経験をしましたね。ありがとうございました!

・ツイッターの情報で、NHKでは芝公園の2000人デモが報道され、高円寺15000人デモは華麗にスルーwされたことを知った。
そして、大手メディアはほとんどこのデモについて報道していないという事実に対する様々な意見や感想も、ツイッターでじわじわ拡散した模様。
自分に関係のある出来事として、「うわーホントに報道されないのな」って実感を持った人が増えたこともけっこう意義がありそうだ。

・参加しなかった人(するつもりもなかった人)の中にも、今回のことで「デモにもカラーがある」ってことを知った人もいると思う。芝公園で行われたようなタイプのデモだったら参加する気はないけど、高円寺で行われたようなタイプのデモなら、次は参加してみようかな、という潜在的デモ参加希望者が増えたことを祈るよ。

・キーワードで検索してリアルタイム検索されるツイート追ってると思うこと。みんな、限られた情報をもとに意見を言ってる。それ自体は悪いことじゃないけど(「全ての情報」(ってなんだ?)を手に入れることは不可能だし、自分が持ってる情報の量や質を気にしていつまでも発言・行動できないのもナンセンスだもんね)、頭の片隅にはいつも気にしておいた方がいいな。間違ってたことがわかったなら、わかった時点で訂正したり謝ったりすればいいんだ。


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