Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2011年06月

我ながら大袈裟だと思いつつ、だけど「何について大袈裟な物言いになるかってことが、その人のアイデンティティを表すんじゃないだろうか」なんて風にも考えながら、胸に込み上げた気持ちを言葉にする―――

本があれば、生きていける。



有川浩『図書館内乱』を読了。

本を読みながら、「うっわぁぁぁ!むっちゃ面白いぃぃぃ!」って感じてる時の、体中を何かの物質が駆け巡ってるような感じ、言葉で表現するのには限界があるね。
あれはきっと、本当に何かが体内を駆け巡ってるんだと思う。ただそれは、現代の科学とかでは検出・計測できるようなものじゃない、目にも見えないエネルギーのようなものだと思うけど。

部屋の中で独り。だたじっと、紙の上に印刷された活字に向かって目を走らせてるだけ。小川洋子さんの言葉を借りれば、「時折、一枚紙がめくられる以外変化はなく、ただ静かに時間が過ぎてゆく。(中略)その時人間の心がどれほど劇的に揺さぶられているか、それは目に見えません。効果を数字によって測ることも不可能です。」(『物語の役割』小川洋子 筑摩書房)
私にとっては、上手く言葉で表現することすら困難だ。

だけど、それでもこうして何か書いておきたいと思ったのは、自分でもちょっとおかしくなっちゃったんじゃないかと思うくらいに、泣けてきたから。子どもみたいに、わんわん泣いてしまったから(すぐ泣きやんだけど)。


こんなささやかな、静かな、だけど劇的な幸福が存在していて、これさえあえば自分は生きていけると胸が熱くなるほどにまで、この今までにも何度となく感じた至福を改めて噛みしめながらも、そのすぐ隣には絶望的な日常が、既にそこにいるのがあたりまえのようにニヤリとした顔で横たわっている。
本を読んで感銘に震えるという、そんな小さな幸せでさえ、何の混じり気もなく味わうことができない。
そのことが、悔しくて、悲しかった。

自分が本当に「面白い!」と思える本を読んでいる時は、文字通り、私は「現実から逃れられる」。私の意識は本に登場する人々と共にあり、私が生きているこの世界のことは、完全に頭から消えている。
でも、だからこそ、読み終わり、意識が現実に戻ってきた時に、打ちのめされるような気分になるんだろうか・・・。

それでも、この絶望と向き合っていく過程を経なければいけないなら、やっぱり自分には本が必要だし、本さえあってくれればなんとか・・・と思う。紙の上に印刷された活字に向かって目を走らせてる時に、どれだけ私の心が劇的に揺さぶられているか、そのエネルギーをもってすれば、だましだましでも、心が死にゆくのを喰い止められるかもしれない、と思う。



以下、『図書館内乱』を読んでの所感、箇条書き。

・ライトノベルの定義っていうのは曖昧らしいけど、今日自分の中でひとつ思いついたのは、「漫画やアニメの文法を小説に持ち込んだもの」という感じ。このシリーズ読み始めた時から、小説を読んでいるというよりは、漫画を読んでるかアニメを見てるような気がする時間が多い。ラノベはそれほど読んだことないけど、おそらく他の作品もそういう「雰囲気」を持ってるんだろうなということはなんとなく想像できる。

・「ベタ」っていうのは、エンターテインメントにおいてはけっこう重要なんだな、と思った。物語の展開がベタベタでも、その他の要素で読者を惹きつけることができるなら、むしろそのベタな展開は必要でさえあるのかもしれない。無意識にも読者がそれを望んでる、っていうような意味で。典型的でいかにもな物語の運び方は、その座に着くだけの理由があってそうなったのだ、というような考え方。つまりは、読者が意識しようがしまいが、ハラハラしたり、ワクワクしたりするシチュエーションは、決まってるってことだ。

・こんなにもぐぐぐーっと心を持っていかれてしまうのは、たぶん、久しぶりに少女漫画を読んでいるような気分が味わえるからだと思う。しかも、実際の少女漫画じゃなくて、体裁は小説であるってとこがポイントだ。もし同じ物語を漫画で読んだとしたら、(絵柄にもよるけど)おそらくこそばゆくてとても読めたもんじゃない。第二章の「恋の障害」は、自分でも恥ずかしいくらい読みながらキュンキュンしてしまったけどw、漫画で描かれてたら「うえぇ〜」って思ってたかもしれない。でも、「いやぁ、男同士でこんな会話しないんじゃないか?」とかちょっと冷静に穿ってるあたり、私も少しは成長(?)してるのかもしれない。

・一番の魅力は、会話のテンポかもしれない。「そうそう、こういう“掛け合い”って実際にあるよね」っていう空気とか雰囲気が文章で表現されてるのが、単純にうれしくてニヤニヤするんだ(これは、伊坂幸太郎の小説もそうだな)。

・手塚慧の言葉「市民は動かないよ。自分に切実な不利益が降りかかってこない限り、行動する人はわずかだ。不満はあってもそれが致命的な不利益に繋がらない限り、大多数の人間はそれに順応する。愚痴をこぼしながら順応したほうが楽だからだ。残念ながら、本が自由に読めないことや表現が規制されることで致命的な不利益を感じる人は君が思ってるより少なかったんだよ。だからメディア良化法が当たり前のように施行されているこの社会が成立してる」が、突き刺さったなぁ。なんかまさに原発の問題に当てはめられる。
柴崎の言葉「お膳立てされたキレイな舞台で戦えるのはお話の中の正義の味方だけよ。現実じゃ誰も露払いなんかしてくれないんだから。泥被る覚悟がないんなら正義の味方なんか辞めちゃえば?」もだ。別に「戦う」つもりで声を上げたわけじゃなかったのに、私たちは今戦いの中に立たされている。

・最後のヒキがすばらしわー。「どうしよう明日・・・・・・」。そして、あとがきで著者が入れるツッコミ「取り敢えずお前は明日っからどうする気なのか笠原郁。」
続きが気になりすぎ!!


岩上さんによるインタビュー@飲み会の隅っこw



ちなみに、飲み会はこんな豪華メンバー
http://lockerz.com/s/109070488
松田美由紀さんが「みんなでなんかやろうよ!」「電力会社やろう電力会社!」と言い出し、鎌仲ひとみ監督とかけっこう乗り気だったらしい^^



斉藤和義「ずっと嘘だった」 (4:37〜)


最初にYoutubeにアップされたオリジナル(?)の動画は、4つの電力会社を名指しで歌ってたけど、このUstreamのライブではイニシャルになってる。
イニシャルにしたことで、9電力会社すべてカバーされましたねw
「T電もK電も S電もH電も」 
HOKKAIDO
TOHOKU
TOKYO
HOKURIKU
TYUBU
KANSAI
TYUGOKU
SHIKOKU
KYUSHU
(notヘボン式)


私の好きなツイート
@t0kubaka
「どうしても、斉藤和義のやってのけた事が伊坂幸太郎の小説の人物に見えて仕方ない。」
https://twitter.com/#!/t0kubaka/status/56521739517165568

斉藤和義と伊坂幸太郎のつながりについては、こちらの本などを♪
伊坂幸太郎×斉藤和義 絆のはなし
伊坂幸太郎×斉藤和義 絆のはなし



新宿アルタ前広場に2万人〜脱原発訴え全国同時アクション  @Youtube



脱原発デモ「100万人アクション」  @Youtube



6.11脱原発100万人アクション 飯田哲也氏のコメント @Youtube  ※イヤホン推奨

飯田さんはこんな方→環境エネルギー政策研究所
この人の話、一回は聞いといた方がいいと思いますよー。



全国のデモ 関連記事一覧
http://news.google.co.jp/news/story?pz=1&ned=jp&hl=ja&ncl=dfl_zyeDNPNJRiM00zZXwJWUotazM&lr=ja&rfilter=0&q=%E3%83%87%E3%83%A2&btnC=Go

シネマトゥデイ記事 「斉藤和義の反原発ソングでスタート!「6.11脱原発100万人アクション」の完全ライブ中継プロジェクト」
http://www.cinematoday.jp/page/N0032984



デモに行かれない方は、オンライン署名などよろしく哀愁!

STOP原発!原発反対の署名ができるサイト(リンク一覧)
http://matome.naver.jp/odai/2130148259763568501

送電線の国有化を願う!1000万人の短冊署名!
(いつの間にか、呼びかけ人に山本太郎氏が入ってるぅ〜☆)
http://maketheheaven.com/japandream/



しゅけんざいみーーーん!

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 6.11 脱原発100万人アクション
 http://nonukes.jp/wordpress/

 なちこは【6.11新宿アルタ前アクション】に参加します♪
 2011/6/11 18:00〜20:00@JR新宿駅東口アルタ前(見物歓迎)
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どれくらいの人が知ってるんだろう?


震災から3ヶ月の明日、

全国100ヶ所以上
で、脱原発のデモやパレード、講演会、上映会などがあります。

日本以外でも、ドイツ・アメリカ・台湾・フランスなどでデモ!


6.11 脱原発100万人アクション
http://nonukes.jp/wordpress/
す、すごい!Google Mapが真っ赤!!

記事ー。↓↓

Yahoo!ニュース
「震災から3カ月となる11日に世界各地で脱原発デモ」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20110610-00000302-alterna-soci



そして、そのデモやイベントを全国の“中継市民”がUstreamを使って全世界に発信します。
すごいよ!「伝えたい」と思った素人の人たちが、iPhone片手に日本中から中継するって!

『6.11 脱原発100万人アクション』 完全ライブ中継プロジェクト
http://chukeisimin.info/611/

まずは、斉藤和義の「ずっとウソだった」にのせた告知VTRだけでも見てみて〜♪

記事ー。↓↓

シネマトゥデイ
「脱原発!求む!中継市民!日本全国一斉デモ『6.11脱原発100万人アクション』
 インターネットで全世界に向けて配信予定!」
http://www.cinematoday.jp/page/N0032958


こんなページもあるー。
「6.11脱原発100万人アクション マルチ画面で見ようぜ!」
http://tanikichi.net/611-00x.html

関連ハッシュタグ
#611nonukes
#611live
#iwakamiyasumi



私も、気合を入れて望もう!と思って・・・たんだけど、
ここのところ疲れ気味で気合もよう入らんので、
てろてろ〜っと行って、ゆるゆる〜っと参加する予定。
プラカードも、作る元気なかったから手ブラです。
(現地で配ってる風船もらえたらもらおう)

でも、「行く」「集まる」ことが、明日の私なりの主張方法だと思ってる。

東京では昼間に大きなデモが3つあって、
・芝公園
・渋谷(エネルギーシフトパレード)
・新宿(原発やめろデモ!!!!!)
それぞれのデモが終わったあとに、
参加者がどんどんアルタ前に集まってくるようなイメージです。
なので、アルタ前はすごいことになりそな予感ですよー!

6.11脱原発新宿アルタ前アクション
http://toudenmaeaction.blogspot.com/2011/06/611.html


ふらりと「ちょっと行ってみよっかな」って思った人いたら、メールちょうだいねー。

野次馬でも、様子見でも、興味本位でも、OKです。

素直に「原発イヤだ〜〜」って言ってる大人がいっぱいいるってことを、自分の目で見に来て!

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 6.11 脱原発100万人アクション
 http://nonukes.jp/wordpress/

 なちこは【6.11新宿アルタ前アクション】に参加します♪
 2011/6/11 18:00〜20:00@JR新宿駅東口アルタ前(見物歓迎)
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5月22日の「第2回 オペレーション・コドモタチ会議」のUstream中継で、ひとつの印象的な言葉に出会った。

※オペレーション・コドモタチについてはこちら
http://www.soybeans.co.jp/op_kodomo/


その発言をした女性は、福島でピアノ教室の先生をしていたお母さんで、翌日5月23日の、文科省に20mSv撤回を求める交渉に参加するため、東京に来ていたみたいだった。
最初、会場の端でメインメンバーたちのブレーンストーミングを聞いていただけだったんだけど(どういうつながりでその場に来てたのかはちょっと憶えてない)、途中から「私も話したいことたくさんある」と言って、その輪に加わった。

悩んで悩んで、家族とも話し合って、ピアノ教室を閉め、子どもと自分は北海道に避難すると決めたこと。夫は福島に残って仕事を続けること。
教室の生徒一人ひとりにも、「逃げよう、逃げた方がいいよ」と話したけど、結局それで避難することにしたのは一家族だけだったこと。

3月11日、原発事故が起こったことを知った時、彼女は着の身着のまま西へ逃げたそうだ。「もう家族とも会えないかもしれないって覚悟した」とも言ってた。それを聞いて私は、胸が締め付けられた。
その後、彼女は福島へ戻ってきた。もちろん、チェルノブイリ的な核暴走や大規模な水蒸気爆発などが結果的に起こらなかったからこそだけど、彼女が言うには「逃げた先に、希望は何もなかったから」。
そして、今回改めて北海道に避難することを決めたのは、「少しでも、希望を持てると思ったから」。

みんなの話題が、北海道のいいところや暮らしの情報(冬の暖房事情とか!)に及ぶと、「そう!そういう話が聞きたいの!」「いいねいいね、もっと聞かせて!」と、彼女は表情を明るくさせた。


オペレーション・コドモタチの主な活動は、とにもかくにも福島の子どもたちを避難させる(動きを促進する)ことだ。だからもちろん、彼女に対して
「逃げようとしない人たちは、なぜ逃げようとしないのか」
っていう質問が投げかけられた。

――避難の費用や、避難先での生活費の問題、生活基盤を失う不安、「家や仏壇を置いてはいかれない」こと、人間関係、家族との意見の相違(身近な人たちから「気にしすぎだよ、大袈裟な」とか「自分だけ助かろうとするのか!」と言われる人が本当に多い・・・!「お前は嫁ぎ先を捨てて自分と子どもだけ逃げるのか!」と責められてしまうお嫁さんもいる・・・)、子どもが友達や部活から離れたがらないこと・・・そういった事情があるのはわかる、わかるけど、それらは命を危険にさらしてまで「今」守るべきものなのか・・・?というのは、この話し合いの前提というか、言うまでもなくその場にいるみんながわかってることだった――

そのお母さんは、
「そういう人たちは、自分にそんなに価値があると思ってないみたいな感じなんだよね」と言った。
私はそれを聞いて、悲しいことになんだかとても納得してしまった。


AC(アダルト・チルドレン)の大きな特徴のひとつに、「自己肯定感(自己評価)の低さ」がある。これは、子どもの頃に、親や周りの大人から「あるがままの自分」を認めてもらえなかったり、子どもらしい子ども時代を送ることができない環境にあったことなどが影響している。
常に人からの評価を気にし、罪悪感や恥を感じるのが心の癖になっていて、うまくいかないことがあると自分を責める傾向がある。自分の気持ちを犠牲にしてでも、相手の機嫌を損なわないように気を遣ったり、周りに合わせたりしてしまう。ほぼ無意識に。
まさに、「自分にそんなに価値があると思ってないみたいな感じ」なのだ。

あぁ、ここにもまた同じ問題があるんだ・・・と思った。
そう、「怒るべき時は、怒ろうよ」ということ。

自分の人生にとって大切なものが傷つけられた時、人は怒るべきなんだ。怒ったっていいんだ。怒らなきゃいけない!とまで言ってもいいかもしれない。
その怒りの表現は、自分にとっても必要だし、怒りの対象である相手にとっても必要なものだと思う。

感情は、表現されるために沸いてくるんだ。
それを抑えつけたり、押し込めたりするのが無意識の癖になっていると、人はどんどん自分を大切にしなくなっていってしまう。



「問題が起こっているのに、なんともないフリをする」ということは、「大切なことについて、大切な人と真剣に話し合うことができない」ってことでもある(今この瞬間も、福島では「子どものためにも、逃げた方がいいと思う」「何言ってんだ、考えすぎだバカ」というような夫婦の会話と離婚の危機がいくつも生まれているのです・・・)。

そんな風に目を逸らせて、問題を先送りしながらただ破滅に向かうを待つような人生、私は嫌だ。


【その4】に続く。

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