Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2012年01月

12月20日(あ、ちょうど1ヶ月前か)に、下書き(つーかたたき台?)を書いてたんだけど、
アップできてなかった記事があるんす。
ちゃんと推敲してまとめたかったんだけど、めんどくさいから、もうほぼそのまま載せます。
なんとなく、なんでまとめられなかったかって雰囲気が伝わる・・・といいけど。

↓ ↓ ↓ 

・日曜日、初めて、放射能汚染のことについて自分が日々考えていること(の一部)を友達に話した。
「初めて」というのは、あまり関心を持っていなさそうな友達、という意味・・・

・私は避難することを決めた。
食べ物も、できる範囲の最大限気を遣って内部被曝を避けてるし、外に出る時は毎日マスク。
日々汚染に関する情報もネットで集めてる。

・本当は、友達全員に、知り合い全員に、声を大にして言いたい。

・汚染を気にしてない人たちが、単に「知識がないから」危機感を持ってないだけだとしたら、どんなにか話は早いだろう。
そしたら、つまりは、教えてあげればいいだけ、
「死んじゃうかもよ!!」
「死ななくても、すごく苦しい病気になるかも!!」
「子どもが生まれて、その子が生まれつき病気かも!!」
「自分も子どもも健康に生きれても、孫以降の世代で遺伝子の異常による被害があるかもしれないんだよ!!」
え!そうなの!?知らなかった!大変だ!みんな必死で動き出すだろう。
(2012/01/20注:そうとも限らないのかもねこの世の中、と思ってきた今日この頃)
だけど、実際は、もっと複雑だよね。
放射能がどれだけ怖いかってことだけを教えても、それぞれにいろんな事情があって、避難や移住を決めることは簡単じゃない。

・それどころか。
毎日マスクをするようにすることさえ、簡単じゃない。
食べるものに気を遣うことさえ、簡単じゃない。
自分で情報を集めて、自分の頭で考えて判断することすら、簡単じゃない。
「本当はしなきゃって思ってるけど・・・仕事が忙しくて疲れてそれどころじゃない・・・」
「本当はしなきゃって思ってるけど・・・子育てでてんやわんやでそんな余裕なくて・・・」
「本当はしなきゃって思ってるけど・・・震災前からメンタルに問題を抱えてる自分には、そこまでするのはハードルが高すぎる・・・」
私はね、こう言う友人たちを責めたいわけじゃないよ。
だって、心に余裕がなくなってしまう世の中の仕組みが(もしかしたら意図的に)作られたのは、彼らの責任じゃないもん。
そして、私も同じように無気力な状態や忙しさを経験したことはあるから、気持ちはわかるもん。
彼らの言葉を「言い訳だ」とも思わない。
自分がしんどかった時、自分にとっては確かに「理由」であることを、他の人から「それは言い訳だ」と言われることほどつらいことはなかった。激しく傷ついたし、その傷は長いこと残る。
だから、「そこまでの余裕がないんだよ」って言う友人たちの「理由」を、私は一旦受け止めたい。
(2012/01/20注:それにしたって、彼らにとっては、「火事場の馬鹿力」を出すほどの事態ではないという判断なのだろうか・・・とか思ってしまう今日この頃)
だからこそ、無闇に「避難した方がいいと思う」って言えない。
「食事に気をつけてる?子どもに食べさせるもの、気をつけてる?」なんて訊けない。
それを言うだけで、訊くだけで、その場に流れる空気に今の私は耐えられないから。
「そうは言ってもさ・・・」と返されるのもわかってるし、その気持ちもわかる。

言えないことで、後になって激しく後悔するのかもしれない、
って思ってても、それでも言えない。触れられない。
友達をなくしたり、大切な人と気まずい雰囲気になってしまったり、平行線の議論でトゲトゲした場の空気を作り出すことへの恐怖から目をそらしてる。
そういう意味では、放射能の晩発的な影響から目をそらしてる人たちとそう変わらないのかもしれない。
私だって、弱い、ひとりの人間だ。

・もうひとつ、身の周りの人に自分の考えを主張できない要素がある。
昔クリスチャンだった頃に、何人もの友達に、自分が信じていること(つまりキリスト教)について話して「あなたにも、信じてほしい」というようなことをやっていた、とってもとってもVERY VERYイタイ過去がある(− −;;)
だからね、自分にとっては「絶対に正しい」と思うことでも、「もしかしたら、時間が経ってみたら、間違っていたことに気付くのかもしれない」という視点は持っていたい。どんなことでも。
宗教と、科学的根拠もあって生死にダイレクトにむすびつく放射能の問題は別だろ!!ってこともわかってる。たくさんの、賢い、誠実な大人の人たちが、私が「正しい」と考えていることを、「うん、正しいよ」と言ってくれてる。それは本当に心強い(宗教の時とは違って)。

だけど、一部の、既に現れている(そしてあまり知られていない)低線量被曝の症状と思われる被害を除いて、明らかな健康被害が出始めるのは3年後、5年後、10年後以降なんだ。
「本当に?」と訊かれても、「わからない」「でも、わからないからこそ万一のことを考えて行動しなくちゃ」としか言えない。

・知識がなくて、情報もなくて、本当に安全だと思ってる人

なんとなく不安だけど、別に周りも気にしてないし、たぶん大丈夫なんじゃないかな〜と思ってる人

危険だってことは知ってるけど、食べ物とかマスクとか、気を遣って生活しておけば、さすがに避難まではしなくていいでしょ、と思ってる人

どれだけ大変な事態になってるかも理解してるし、今すぐ避難したいけど、家族の反対にあったり、お金がなかったり、仕事がやめられなかったり、その他の事情で動けずにいる人

いろんな人がいる

そして、
家族との関係、恋人との関係、友達との関係、職場の人たちとの関係etc.
今までそこで暮らしてきた土台があって、今やってる仕事とか、住んでる家とか、趣味とか、夢とか、責任とか、それぞれが持ってるもの、抱えてるものは本当に多様で、社会的な条件や事情だけじゃなく、その人の心の事情まで含めたら、本人以上に本人の事情を総合的にわかってる人はいないだろうと思う。
だから、(自分ではほとんど何も決められない子どもは別として)その人にはその人の人生がある、と一種の割り切りみたいにして思うようにしている。
私がその人の人生の責任を負う必要はないし、負いたくても負えないんだ、と。
(2012/01/20注:これは、自明のことのように聞こえるけど、人との「境界がない」タイプのアダルトチルドレンにとっては、常に言葉にして自分に意識させないと、うっかりあっさり共依存になってしまう恐れがあるのだ。)

それでも、こんな風にブログに書いて発信しちゃってるってことは、やっぱあきらめられないからなんだろうな。


今の私には心配しかできないんだけど、それでも本当に心配しています。
特に、高校卒業してから、一番連絡をとってる男友達・女友達のそれぞれの娘。
まだ2歳にもならない女の子2人。
情報を集めて、守ってあげてほしい。
面と向かっちゃうと何にも言えないんだけど(そもそも私、しゃべるのが苦手だし)、このブログは読んでくれてるよね。
これほどのクライシス(そうは思ってないかもしれないけど)の中で、行動という愛情を注いであげなかったら、いつ注ぐの?
これ以上はもうやってこないんじゃないの?と言いたい。
子どもはさ、見てるよ、親を。


・マジメになりすぎたので(私はいつだってそうだけど)、最後はちょっと不謹慎な感じで。

3.11以降、私はツイッターを軸にしてネットで情報を集めまくってきたけど、必要に迫られてやったこととは言え、これはすっごい面白かった!
いや、今も面白い!!

もちろん面白いじゃ済まされないこともいくらでもあったけど、それはここでは置いとく。

USTREAMやニコニコ生放送で中継を見るのが当たり前になった。
テレビの、大して面白くもないのにアハハハハって笑い声が流れるからなんかここで笑わなきゃいけないような気にさせられる、定型化したコンテンツだとか、必要ないものを買わせようと必死のCM、政府や東電の広報と化したニュース番組に辟易してる人は、ぜひともネットの中継・動画の世界に繰り出してみて。

玉石混交だし、本当に面白い動画や見るべきアーカイブ映像に辿り着くのは、最初は難しいかもしれないけど、ツイッターをうまく使えば、そのうち向こうから勝手にやってくるようになるよ。
それから、そういう動画にはたいてい解説や説明はないけど、リアルタイムのツイートとか(UST)やコメント(ニコ生)を流しながら見てると、だんだん何が起こってるのかを読み取る力がついてくるよ。

記者会見が、エンターテイメントのように感じる時さえある。

原発のことも、放射能のことも、いろんなサイトを回ったり、図書館で本を借りてきたりして、いろんな人が書いたものを読むことでどんどん知識を身に付けて、判断の材料が増えてくってのが理想だけど、ぶっちゃけ文字で読むのは苦手。。。って人もいるよね。
そういう人も、Youtubeで検索したり、Yahooのリアルタイム検索でツイートをキーワードでググッたりしてみると、わかりやすく説明してくれてる動画はいっぱいあるよ。

ツイッターは、ある程度使えるようになってみないと、その面白さはわからないかも。
私はそうだった。
それを念頭に置いて、最初はどんどんフォローを増やしていって、とりあえず人のつぶやき(有益な情報を中心に)を集めてみてほしい。自分はつぶやかなくていいから(つぶやいてもいいけどw)。

ネットで情報収集してて、何よりも面白いし、嬉しいことは、2chみたいなノリでツッコミを入れ合えること。
ブラックユーモアがなかったら、この先こんなブラック国家で生きてけないやねー。

正月2日に、高校時代の同窓会があった。

人に同窓会があるって話をすると、かなりの割合で「クラスの同窓会」と思われることが多かったんだけど、今回の同窓会は「学年単位の同窓会」。
学年全員(360人くらいかな?)にちゃんと連絡が取れたわけじゃなかったようだけど、幹事さんたちが相当頑張ってくれたようで、なななななんと、170人くらい集まった(先生たちも、数人参加)。

いやぁ〜、かなりカオスでしたわー。


会は第一部と第二部に分かれてて、一部(幹事挨拶・ゲーム大会・映像鑑賞?など)が15時頃からで、二部が飲み会で18時半からだった。
私は二部からの参加。一部から行かれないわけじゃなかったけど、久しぶりの人と話す時って、あたしカラータイマー3時間で切れんだよねー。あと、結婚式の二次会のゲームの時間とか超苦手だし。
だから、無理しないで飲み会だけにしといたわ。

それでも、会場に向かってる時はむっっっちゃ緊張した(>д<)
元カレが来てるのかどうか(!)ってのも懸念事項だったけどw、それがなくても同じくらい緊張してたと思う。
「久しぶりすぎて、何話したらいいかわかんなくならないかな・・・」
「みんな大人っぽくなってて、そん中で自分だけ子どもっぽかったらどうしよー・・・」
落ち着いて考えれば杞憂だろうと思えるんだけど、興奮してテンション上がってるのもあり、冗談抜きで手が震えてました。
受付で声裏返ったりしなくてホントよかったよ・・・。


実際のところは、みんなけっこう変わってないってのが全体の印象だったかな(^^)
たぶん、その場でお互いに会ったことで昔の自分に戻った分もあったんだろうけどね(だからきっと、その人が職場で仕事してるとことかを見る機会があったら「うお!大人になってる・・・」って思う気がする)。
だいぶホッとしたわー。

170人全員に面識あるってわけじゃないけど、それでも7〜8割方は友人とか知り合いとか言えるレベルで、「うおー!ひさしぶり〜!」って挨拶交わすだけでかなりの時間を費やしたよ。
だから、一人一人とゆっくり話をするってわけにはいかなかったけど、それはそれでよかったかな。
私は、人と心の通った会話をするのにけっこう時間がかかるタイプだから、中途半端に「いま幸せ?」みたいな話をしちゃうよりは、勢いと興奮で盛り上がった雰囲気を共有できたことで楽しめたから、十分満足。
大人が、温泉宿とかで泊りがけで同窓会やる気持ちはちょっとわかったな。

席の移動をしまくって、久しぶりの友達の近況を聞いたり、自分のこと話したりできるのは楽しかったけど、やっぱりどこかソワソワしてしまったので、卒業後も定期的に連絡取り合ってる人とそばにいる時はなんだかすごく安心しましたw
たぶんね、「今の自分」を知ってる人がいてくれる、ってのが、なんか船の錨のように感じたんだなぁ。


「完全アウェイだから、来るかどうか迷った」と言ってた友達2人。
たぶんその2人よりは私は会いたい人は多かったんだけど、でもその気持ちはわかると思った。
自分、手震えてますからw
ずっとソワソワしちゃってますからw
実際、都合はつくけど「めんどくさいから行かない」って言ってた人もいるらしいし(私はその人に会いたかったけどね!)、帰りの電車の中で、会場に来ずに隣駅で飲んでた連中がいたことも知った(せめて二次会に来いよー!w)。
そういう人たちの気持ちも、わかる気がする。
私も、11月に案内のハガキを受け取ってから、行くかどうかかなり迷ったもん。
たぶん楽しいばかりじゃない、ぎこちなさとか気まずさとか感じるだろうし、昔の恥ずかしいこと思い出したり思い出させられたりもすると思う。
いまの自分の生き方に自信がなかったりしたら、久しぶりに会ったみんなが輝いて見えて虚しい気持ちになるかもしれない・・・と思ったり(特に、メンタル的ににハンディ抱えてる人は、そういうのって前もって予想がつくだろうし)。
いろいろ考えたよね。
でも、考えても本当にそうなるかはわかんないし、それ以上に「面白そっ♪」って気持ちのが勝ったから、私は行くことにしたんだ(私のような気持ちの人は他にもいるはず、って相対化できたことも大きいかもね)。
そんで、どうせ行くなら思いっきし楽しもうと思ったんだ。
アウェイ2人組も、来てくれて嬉しかったよ。

以前はこのブログを読んでくれてたけど、今も読んでくれてるかはわかんないな〜って思ってた人が、今も読んでくれてるってことを知れたのもとても嬉しかった。
個別で頻繁に連絡取り合ってるわけじゃなくても、そういうつながり方をしていてくれるのは、ほんとに感謝なのだ。

それから、早大生3人でした乾杯は、嬉しかったな〜。
アンモに言われるまで、全然気付かなかったけどw
あそこでたまたま3人集まる確率って、なかなか低いんじゃないか?
私が聞き逃した(第一部での)アンモのスピーチを峻ちゃんが解説?してくれたのも嬉しかったよ(^^)
「サバイバルは始まってる」。
そんな話を、あのどんちゃん騒ぎの中で誰かとさらっと交わせたのも、私にとって価値のあることだった。


さて、懸念事項の元カレでしたが、来てました。
そして、迷ったけど、とりあえず声は掛けました。
ま、挨拶くらいはしとくかーって感じで。「よ、久しぶり!」ってね。
二次会は3年生の時のクラス(9組)の仲間で居酒屋に行ったんだけど(元カレは別のクラスですよ)、そこで「元カノに声をかけたかどうか」みたいな話題がたまたま出て、「私、元カレ(付き合ってたのは高校卒業してからだけど)に声かけたよ」って言ったら、男子2人からけっこうビックリされ、こっちがビックリしたわー。
「そういうのはさ、やっぱ男からは言えないもんだって」だって。
そういうもんなのー?(ま、人によるだろ)
まだまだ男心はわからんことがいっぱいだなーと思ったりしてw
ただ、「男の方が未練があるからね」って言葉には、前に会社の先輩が言ってた『男は“名前をつけて保存”。女は”上書き保存”』って言葉を思い出して、やはりそうなのか〜〜wと思ったけどね。


「あー、自分、許容範囲が広がってるな・・・」と実感するようなこともあったなぁ。
それについては、5年後10年後くらいにさらに広がってるかどうかに期待したいわw
今回の同窓会は、3.11がきっかけになったのもあるけど、卒業からちょうど10年の記念ってのもあったんだ(2002年3月卒業)。
10年前の自分が受け入れられなかったものを、今は受け入れられるようになってるんだもんね。
何かを手に入れることは、何かを失くすことと表裏一体だけど、大人になるのも悪くないなぁって、思えてよかった。

詳しくは書かないけど、「自分の人生で、こういうことって起こると思わなかったなぁ」ってこともひとつあった(あ、どちらかというと良い事だよ)。
きっとこれからも、そういうことは起こっていくのだろうなぁ。


聞かれないとは思ってたけど、もしも勇敢な誰かに「いま、幸せ?」って聞かれたら、こう答えようかと思ってた。
「日本も世界も問題が山積みで、社会的には幸せじゃないかもしれないけど、個人的には幸せかな。今までの人生で、いまの自分が一番好きだから」。

10年後もまた、みんな元気で(今回来れなかった人も含めて!)集まれますように☆

4号機の話題が飛び交ってる。

「何のこと?」と思った人は、今すぐググった方がいい。
完全に乗り遅れてるよ。
命に関わることだから、お願い、自分から情報を求めに行って。


本気で、いつ次の大きな揺れが来るかわからない中での日常を生きていて、
大きな揺れが来なくても、あと1か月もたないんじゃないか、なんていう噂もあったりして。
マジデスカー(゜∀゜)ヒョー
私は3月末まで東京で仕事をして、4月に大阪に避難するつもりで準備をしているけど、
場合によっては、それよりも早く、避難せざるをえなくなるかもしれないわけだ。
もちろん起こってほしくないに決まってるけど、でも明日起こるかもしれない。

4号機が倒壊してしまうような事態(大きな地震等)が、本当に来るか、来ないか。
それはわからない。そこが問題なんじゃない。
もし来たとしたら、その時に自分は逃げることができるのか!?
それが問題。

1月2月は繁忙期で、けっこう頼りにもされている。
というか、今私が担当している作業は、私しかやっていないので、
もしも私が避難したら(そして、職場の人々が避難せずに日常を続けたのなら・・・)、
むちゃくちゃ迷惑かかるんだろうなー・・・とか、考えるよねやっぱ。
そして、避難なんかしてない人たちから見たら、
きっと避難した私は「大袈裟」で「神経質」で「仕事放り出していくなんて非常識」にしか
映らないのかもしれないし。

そんなことを考えてると、自分は本当に「その時」が来たら逃げるのかどうか、
わからなくなってくる。
政府も東電も、どう考えても絶対公表なんかしないだろ。
したとしても2か月後だよね〜(^O^)知ってまちゅよ〜〜(^O^)
周りの、無関心な人たちが「は?何言ってんの?避難?気にしすぎでしょ〜」とか
暢気に被曝まっしぐらの中で、仕事ほっぽり出して逃げるとか、できんのかな〜。

仕事だけじゃない。
もう戻って来ない(来れない)かもしれないんだ。
今住んでる部屋にあるモノも、実家にあるモノも、ほとんど持っては行かれないよ。
「その時」が来たら、モノに執着してる場合じゃないのはわかってるけど、
モノに執着してるわけじゃないもんね、思い出とか自分を創ってきてくれたものに執着してんだ。


それでも、後悔はしたくないから、本当にそういう事態になったら、やっぱり避難するんだろうな。

避難する人が少数派で、首都圏も封鎖されたりしなければまだマシなのかもしれない。
多くの人が今起こってることの危険性に気付くのはいいことだけど、
気付いた人が多ければ多いほど、「その時」が来た時に移動する人数は増えるわけで。
大混乱になるかもしれない。
ぎゅうぎゅう詰めの電車ならまだマシで、新幹線も在来線も止まっちゃったら?
車で逃げ出せた人も、ヒッチハイクで乗せてもらえた人も、
大渋滞にはまってる間に被曝しちゃうかもしれないし、途中でトンネルが封鎖されるかもしれない。
(大袈裟じゃないと思うよー。ソノヘンモググッテーーー)

そんなことを考え始めると、何も答えは出せなくなるので、
考えすぎるのはやめて、冷静に、今自分にできることオンリーをしておこ、と思います。

「できたことだけが、できたこと」、ですから。

今日、仕事上がる前に、
「もしも、明日大きな地震が起こって、4号機が倒壊し、私は西に逃げることにして、
 明後日以降この職場に現れないとしたら」(明日水曜日はもともと定休日)なんて考えて、
もし私の代わりに誰かが作業を引き継ぐとしても(そんな人がいたとして)、わかりやすいように、
少し探せば必要なファイルとかもすぐに見つけられそうなように、いろいろ整理をしてきてみた。
別に悲愴感はなかったけどさ、淡々とやるにはちょっと笑えない作業だよねー。
でもこれが、私にとっては、冷静に最善を尽くしておくってことなんだよ。
何も起こらずにこの先も最終出勤日まで通えることを祈るばかりだよ。

リュックに入れておくために、
マーケットOのクラッカーとオーガニックの乾燥プルーンと
普段は買わないペットボトルの水も買って。
ハクキンカイロ用のジッポオイルも。
それ以上は買わない。荷物が重くなるし、ぶっちゃけお金に余裕もないし。
避難の途中で出会った人に、素直にお願いしたら、きっとニーズは満たされる。
3.11の時、職場でもらったイマージェンシーブランケットも入れとこうね。
あとは、家にある玄米もちょこっと入れよう。
炊いて食べるわけじゃなくて、なんと生玄米を少量摂取することで
霞を食って生きることができるという話を知ったのでww、
まぁ片眉に唾べったりなんだけど、半分は面白そうだし信じてみておくのだ。


あー
このままこれ以上ひどいことが起こらずに(もう十分だっつの)、
十年後とかに笑い話にできますよーに。

やせた。

西東京の家には体重計がないし、ここのところ銭湯に行く機会もなく、ずっと量ってなかったんだけど、目で見るお腹のお肉のつき具合と、服着た時の感覚で、たぶんやせてるよなぁって気はしてた。

それに、久しぶりに会った人ならともかく、毎日職場で会ってる先輩から「やせたよねぇ?ちゃんと食べてる?」と言われたので、そんなに明らかにやせてるのかぁ・・・?と思ってた。

前回体重を量ったのは、たぶん3月の震災直後に小田原に帰った時。
で、今回帰省して実家の体重計で量ってみたら・・・
やっぱやせてた。
この身長に育ちきってからの今ままでの中で一番軽かった。
つまり、中学生の時より軽いよ。(けっこうびっくりなんですけど)

おじさんのお通夜で会った親戚のおばちゃんたちにも「あらまぁ、綺麗なお姉さんになっちゃって」なんて言われたけど、まぁそれは身内の社交辞令ってのもあるだろうと思って割り引いて聞いてたんだよね。
でも、1月2日にあった高校の同窓会で、これまたすごいたくさんの人に「やせたねー」「やせた?」と言われまくり、「あーほんとにやせたんだなぁ」とそこでやっと思ったわ。
何しろ生まれて初めて「肩の線が、細い!」なんて言われてびっくりしたもんね。
でもまぁそりゃそうなのかなぁ。
高校の時と比べたら、8〜10kgくらいやせたってことになるもんなぁ。
あ、ちなみに父親にも「ちゃんと食べてんの?」って心配された。
今までがぽっちゃりだったってだけだと思うんだけどなー。

ずーっとずーっと子どもの頃から体型にはコンプレックスがあったから、数年前から食生活にマクロビを取り入れ始めて少しずつ段階的にやせてきて、そのコンプレックスがどんどん減ってたことは、実際この数年間かなり嬉しかったんだけど(あとは、ボディーワークに興味を持ったこととか、ACを自覚して自分を好きになったことなんかも関係してるけど、話がずれるので割愛)、3月以降の10ヶ月で4kgやせたってのは、ある意味不本意というか、やせた理由と過程があんまり喜ばしいものじゃなかったから、正直、微妙な心境だったよね。「やせたね」「綺麗になったね」と言われても。
嬉しかったけどね。特に、小学校の頃からの付き合いの同級生に「綺麗になったね」って言ってもらえたのは^^
でも、心ではちょっと苦笑い入った笑顔になっちゃったよね。

もっとヘルシーなプロセスでこの理想体重に辿り着けたらよかったのになぁって思う。
いや、ちゃんとごはんは食べてるよ。
むしろ健康的で質素な食生活にならざるをえなかった&必要に迫られてバイト増やして運動量が増えたからやせたわけで、無理な食事制限とかじゃないから、十分ヘルシーなやせ方だとは言えるんだけどね。
それでも、あの事故が起こらなかったらこの減量は起こらなかったんだろうなーって思うとさ、やっぱ複雑な気持ちよね。

ちなみに、福島原発の状況とか稼動中の原発と次の事故の可能性とか放射能汚染について心配しすぎで、ストレスでやせたんじゃないの!?大丈夫!?って声には、はっきり言っておきますが・・・
私はストレス溜まったらむしろ太る人ですからーーーーーーーーーー!


当たり前だけど、理想の体重になったからって理想のプロポーションになるってわけじゃないのね、って実感しましたわー今回。
筋肉ないからさ。引き締まってないもんね。
たくさんあった脂肪が少なくなったってだけで。
あれ?だからこんなに寒いのか!?ww

この体重を維持しつつ、筋肉(特にインナーマッスル)つけていきたいなぁ。
あ、筋肉増えたらその分体重増えるのはもちろんOK。
とりあえず、ゆる体操とヨーガですかね。


ところで、私のここ10ヶ月の体重減少と直接は関係ないんだけど、
『ダイエットやめたらヤセちゃった』(夏目祭子 / 彩雲出版)という本は
一度でもダイエットしたことある全ての人におすすめの本ですよ。
過食や拒食によるダメージを受けたことのある人にも。
私は多大なる影響を受けています。メディアリテラシーの勉強にもなるよ。
目からウロコだから、よかったら読んでみてね。

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