Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2012年03月


今日、こんなツイートを発見して、ひと言加えてRTしたわけなんですが。


もしかしたら、私のブログを読みに来てくれる人の中にも、ひとりかふたりくらいは

「日本は原発事故があったけど何の心配もなく、
 ただガレキが復興を阻害しているのに受け入れない奴らがいて、
 そいつらは人としておかしい」

という風な世界(まぁ、要は、テレビを主な情報源とする世界)で

生きてる人がいらっしゃるかもしれない、と思い、この記事を書いてみることにした。

私の見ている世界が正しいんだよ!と言いたいわけじゃーなく、

同じ日本で、同じ時代の同じ時期にお互い日常生活送ってんのに、

こんだけ見てる世界違うんかい!ってことをちょっと面白がってみようかとね。


ちなみに私は
・テレビまったく見ない(そもそも持ってないし、ケータイはワンセグ見れないし)
・新聞もほとんど読まない(5日に1回くらい、図書館で各紙の一面をさっと見比べるくらい)
・Yahoo!ニュースやMSNニュースで(メールチェックのついでに)、気になった見出しを拾い読み
・ツイッターはほぼ毎日チェックする(日によって時間はバラバラ。30分〜のべ3,4時間くらいの時も)
・原発と放射能関係のニュースは、すぐに入ってくるようなフォローの仕方をしている
こんな感じ


で、原発とガレキの話なんですけど、

詳しい話は自分で書くのがめんどくさいし、がんばって書いたわりに

「文章読むの苦手なんだよね」とか言われがちで、読んでもらえないので
(しかも、そういう人がたぶんテレビをよく見る人だと思うので)、

箇条書きでカンタンにまとめてみよう。


1.福島の原発は、いまだに放射能バンバン出してるよ。
  首相が「収束宣言」出したけど、あんなの大嘘だよ。
  いつ収束するのかまだ誰にも全然わかんないよ。

2.爆発もした4号機の建物は、今にも崩れそうでヤバいよ(事故後からずっとだけどね)。
  燃料、一番たくさん入ってるよ。
  崩れるか、水が漏れるかして温度が上がったら今度こそ日本終わりかもよ。

3.地震・津波被災地のガレキにも、放射能は降り積もってるよ。
  てか、日本中に降ったんだから、当然だよね。
  それを燃やしたら、濃縮された放射能がまた大気中にバンバン舞うよ。みんな吸うよ。

4.それなのに、政府は「大丈夫、大丈夫!」
  「このさい法律で決まってた基準の80倍の濃さの放射能までいいってことにするわー!」
  って、うちらの払った(払ってるよね?)税金を、無駄な輸送費とか助成金とかに使って
  全国にガレキ(とそれに付いてる放射能)をばらまこうとしてるよ。

5.「ガレキの処理が進んでないせいで復興が遅れてる」
  ってのも、ウソだよ。
  だから、「ガレキを受け入れないって言ってる奴らは被災地のことを考えないひどい奴らだ!」
  ってのも、勘違いだね。
  被災地の町長さんとか市長さんとかは、地元で処理すれば地元の雇用が生み出せるのにって言ってるよ。

6.今回の地震・津波の被害で出たガレキは、阪神淡路大震災の約1.1倍だよ(環境省発表)。
  阪神淡路大震災の時は、ほとんど兵庫県で処理したよ。
  その時の処理費用は1トン2万2千円。 今回の処理費用(税金)は5万円(宮城)〜6万3千円(岩手)。
  あれあれ?あれあれ?

7.広告費で稼いでるテレビは、電力会社や電事連に都合の悪いことは言えないんだよ。
  お金もらえなくなっちゃうからね〜。
  新聞に「みんなの力で、がれき処理 災害廃棄物の広域処理をすすめよう  環境省」って
  広告載ったらしいね。あれ?その広告費って、どっからお金出てんだっけー!?  


これが、私の認識、私の見てる世界の常識。

あなたの見てる世界と比べて、どうっすか?

何っ!?全然違った!?おっもしろ〜〜い!!www


もっといろいろあるけど、長くなるとまた「文章読むの苦(ry」って言われるし、

数字は7が好きなので、7までにしときます。




こっから下は、文章読むのが苦手じゃない人向け
(でも、そういう人はたぶんもう読まなくても自分で情報仕入れて知ってる可能性のが高いけどね)


えーーー、人の書いたものを貼らせていただきますww
長いから、気をつけてね


以下転載
(脱原発の日のブログ 2012-03-23 17:19:43
 http://ameblo.jp/datsugenpatsu1208/entry-11201386633.html
--- --- --- --- --- --- ---
瓦礫を全国で受け入れるべきだという  お考えをお持ちの皆様へ

http://www3.hp-ez.com/hp/kakusan/page1
<転載>

被災地の復興支援のため、瓦礫を全国で受け入れるべきだという
 お考えをお持ちの皆様へ
 皆様は同じ国民として被災者の方々を思いやり、みんなで力を合わせて復興を支援したいと考えておられる

 心優しい方だと思います。  でも、ちょっとだけ想像してみて下さい。
 なぜ世界中から瓦礫の拡散への非難が集まっているのに一切国内では報道されていないのか。
 なぜ国際基準を無視して、国際ルールも無視して、瓦礫を拡散するのか。
 以下の資料や情報をお読みになって、どうか、いっしょに考えて下さい。

 なぜ、瓦礫受け入れを反対する人々がいるのかを知って下さい。


【緊急拡散】

☆被災地の復興支援のため、瓦礫を全国で受け入れるべきだというお考えをお持ちの皆様へ

東日本大震災前、 原発事故前は
IAEAの国際的な基準に基づき、
放射性セシウム濃度が1kgあたり
100ベクレルを超える場合は、
特別な管理下に置かれ、
低レベル放射性廃棄物処分場に封じ込めてきました。
                (クリアランス制度)

ところが、国は、東日本大震災後に、
福島県内限定の基準として出された8,000ベクレル(従来の基準の80倍)を、
その十分な説明も根拠の明示もないまま、
埋め立てて大丈夫と広域処理の基準に転用しました。

8000ベクレルという水準は
国際的には低レベル放射性廃棄物として、
厳格に管理されているという事を
私達は忘れてはなりません。

薪ストーブの灰の放射線が
高度に濃縮されているのが検出され問題になりました。
薪を燃やさない様に報道してるのに
瓦礫は燃やしてもイイってどうゆうことなのでしょう?

チェルノブイリでは薪ストーブが
【小さな原子炉】
って呼ばれています。

汚染瓦礫が混ざったセメントを使用した
高線量のマンションも話題になりましたが
そのセメントはもう病院や道路の補修にまで
使用されていた後でした。
その後なんらかの処置をしたという報道はありません。

いまやもう何事も無かったかの様です。

受け入れ基準は100ベクレル。
埋め立て基準は200ベクレル。

非常に厳しい基準値と言って
受け入れ表明している自治体もあるようですが、
ごまかされてはいけません。

この基準は事故前はドラム缶に入れて管理する基準です。
そして問題は総量。

何十万トンもの瓦礫を受け入れようとしているのです。

汚染瓦礫の焼却は、
地面に 落ちた汚染物質を
さらに濃縮して
空気中に広範囲に渡り舞い上げます。

放射性物質を含んだ瓦礫を焼却するということは、
全国に福島第一原発を出張させるようなものです。

群馬県伊勢崎市の処分場では国の基準より、
大幅に低い焼却灰を埋め立てていたにもかかわらず、
大雨により放射性セシウムが水に溶け出し、
排水基準を超えたという報道がありました。

また、山形市の定時降下物から
福島市の約14倍のセシウムが検出されています。

放射能はセシウムだけではありません。
もっと毒性の強い
ストロンチウム プルトニウム ウランなど
31種類の放射能核種も含まれます。

さらに瓦礫には阪神淡路大震災でも問題になった
ダイオキシンやアスベスト、ヒ素
なども含まれています。

フィルターのある施設は少なく、
気化した放射性物質は
粒子の細かいフィルターもすり抜けます。

放射性物質は数十年〜数百万年にわたり
ず〜っと放射線を出し続けます。

そして呼吸からの内部被曝は
食べ物からの被曝よりさらに危険なのです。


阪神淡路大震災の時の瓦礫の量は2000万トン、
東日本大震災2300万トン(環境相発表)

阪神淡路大震災の時の瓦礫の処理費用は1トン2万2千円
それに対して
岩手の瓦礫の処理費用(税金)は6万3千円、宮城5万円。

この事実をご存知でしょうか?
ちなみに阪神淡路大震災では、
ほとんどを兵庫県下で処分しています。
約10パーセントを県外の民間業者を主に
委託をしていますが、
輸送コストを抑えるため、
その殆どは近郊都市です。

今回のように輸送費にわざわざ高い予算をあてて
全国に運ぼうとするようなことはありませんでしたし、

神戸市は
15機の焼却炉を建てて対応しています。

瓦礫処理については、
被災地の岩泉町の伊達勝身町長は
「現場からは納得できないことが多々ある。
がれき処理もそうだ。
あと2年で片付けるという政府の公約が
危ぶまれているというが、
無理して早く片付けなくてはいけないんだろうか。

山にしておいて10年、20年かけて片付けた方が
地元に金が落ち、雇用も発生する。

もともと使ってない土地が現地にはいっぱいあり、
処理されなくても困らないのに、税金を青天井に使って
全国に運び出す必要がどこにあるのか。」
と言ってます。

被災地に本格的な瓦礫処理施設 をどうして
このお金で作らないのでしょうか?

南相馬市長 は
「がれきは復興の貴重な財産。
護岸工事に使いたいが不足しているので
宮城から運んできたいと相談したら、
放射線量が不明だから動かせない
といったのは官僚」
と言ってます。

官僚は、瓦礫汚染の心配はない、といい、
また一方では線量が不明だから動かせない
とも言ってる のです。

環境総合研・池田副所長 は疑問を投げかけている。
「がれきは津波被害を受けた沿岸部に
積まれるケースが 多いが、
そこに街を再建するかはまだ決まっていない。
高台移転には、
沿岸部 のがれきは全く障害にならない。
がれきが復興の妨げになっているかのような 論調は、
国民に情緒的な圧力を加えているだけだ 」

「被災地に何度も足を運んでいるが、
『瓦礫があるから復興が進まない』
という話しは聞かない。

被災地では住宅再建や雇用の確保、原発事故の補償
を求める声が圧倒的だ。」
            2012年2月15日 東京新聞
   

各地への瓦礫輸送や受け入れに大量の税金を使うなら、
その分を被災地に使うべきなのではないでしょうか?

すでに瓦礫受け入れに関しての莫大な広告費が
使われています。
瓦礫受け入れで得をするのは
産廃業者

権力を使って、「被災地応援」で利益を得ようとしている一部の人々
本来被災地に渡されなければならない復興のお金を
利権のために利用しているのです。

環境省では「広域処理情報サイト」 があり
瓦礫について、
「岩手県11年分、宮城県19年分にも達しています」
という表現があります。

一方で両県が広域処理を希望している量は、
それぞれ約13%、22%に過ぎません。

このカラクリに多くの人に気づいてほしいものです。
これらの報道されない情報をどう判断されるかは
皆様にお任せします 。

『瓦礫の受け入れ』は
汚染を免れた土地をも汚染させようとしている
愚かなことなのです。

これでは本当に安全な食べ物が無くなる。
汚染されていない土地の食べものを
被災地へ届けるのが
本当の支援ではないのでしょうか?

瓦礫ではなく、被災者を受け入れるのが
本当の支援ではないのでしょうか?


放射性物質は拡散させず、
人の住めなくなった場所、一カ所に集めて
封じ込めて安全に管理・処分するのが世界の鉄則。

一度拡散した物は もう集める事は不可能です。

全国の自治体が瓦礫受入を表明しだしています。
もはや受入は一自治体だけの問題ではなく
日本国全体の問題です。

だいたい沖縄まで持って行くっておかしいでしょ。
もし瓦礫を受け入れる事によって
10年後になんらかの健康被害にあったとしても
因果関係があったと国は絶対認めてはくれません。

モチロン瓦礫広域処理を推進した人も
責任とれないでしょう?

福島から母子三人で西日本に避難してこられた方が
このように言っておられます。
「チェルノブイリ原発事故のデータから、
被曝してしまったこどもたちでも、
安全な場所に短期間でも避難して
安全な空気を吸い安全な食べ物を食べれば、
深刻な病気から免れていることが分かっています。

どうか、被災地に遠慮なく、
震災瓦礫の受け入れ反対の声を上げてください。

そして、瓦礫の受け入れより、
避難者の受け入れに目を向けてください。

いまだに、原発から20キロ圏内以外の放射能汚染から
避難するための補償はされておらず、

それが経済的負担となり、
命を救うための避難を妨げています。 」

「瓦礫の受け入れを反対する人達は被災者の事を考えず、
自分達さえ良ければいい自己中だ」
という批判があります。

でも知ってほしいのです。
瓦礫受入反対運動の中心には、
各自治体の住人だけでなく、
被災地から避難して来られた方々や、
被災者の皆さんの受入や支援に
走り回って尽力されておられる方々が
少なくないのです。

みんな、被災した方々を受け入れられる
放射能汚染のない安全な土地と食を守るため、
瓦礫受入反対の声を上げておられるのです。

受入反対の人達の殆どが、
自分達の自治体のみならず
全国の自治体にも声を届けています。

これ以上、日本を放射能で汚染させたくないからです。

人間と全ての生命を守りたいからです。

決して身勝手な理由で
反対の声を上げているのではないことを、
どうか少しでもご理解頂けると有り難いです。


以上のこれらの報道されない情報を
どう判断されるかは皆様にお任せしますが、
もし、もし、万が一にも
国が意図的に放射能汚染された瓦礫を
広めようとしていたなら・・・

結果として国民がその企みの一端を担わされて、
日本中に汚染を広め、子供や人々や全ての生き物、
自然を放射能によって苦しめることに
なってしまうやもしれません。

そんな皮肉でつらいことはないですよね。
でも放射能は命を奪うものなのです。

だからどうか様々な情報を知った上で、
ご判断を頂けますようお願いいたします。

そして、もし瓦礫拡散が危険であると思われたら、
他の皆様にもお伝え下さいますようお願いします。

私達は皆様といっしょに考えていくために

真実を伝えたくて、
報道されない 様々な情報や資料を集めています。

でもプロ(学者や専門家)ではありませんから、
どうしても至らぬところや、
不充分な部分もあるかもしれません。
それを重箱の隅をつつくように指摘の上、
全てをデマと攻撃してくる人もいます。

そのような思わくに左右されずに、
不充分な部分は皆様の協力によって
常に訂正していきながら、
真実を伝えていくよう努めたいと思っております。

http://www3.hp-ez.com/hp/kakusan/page1

--- --- --- --- --- --- ---
以上転載でしたー
(脱原発の日のブログ 2012-03-23 17:19:43
 http://ameblo.jp/datsugenpatsu1208/entry-11201386633.html

ちなみに、こんなツイートもありましたので、
身の周りの人に頭がおかしい奴扱いされちゃってる方は、使ってみてはいかがでしょーか。








我ながら頑張ったワー*・゜゜・*:.。..。.:*・゜(n'∀')η゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*!!!!!

全部読んでくれたそこのあなたも、おつ!!!!!




【追記 2012/03/26】
懐疑的な意見をまとめてあるトギャりを追記しておきます。

@hachimenさんのバンダジェフスキー文書に対する見解
http://togetter.com/li/271992

GoodBye_Nuclear 先生のバンダジェフスキー講演に対する検証ツイート
http://togetter.com/li/273598

・・・って、すごいインパクトの言葉ー!

爆笑しちゃったよ。


ステルスマン 原子力
http://www.youtube.com/watch?v=3yOjAOJewAw&feature=endscreen&NR=1

でも、プルトニウムのお弁当はさすがにあれだけど

プルトニウムの入ったお弁当なら、おそらくこの国にはもう存在しちゃってんだ。

・・・って、思ったら、笑った顔のまんま固まっちゃったよー!HAHAHA!

経緯。

・2012年2月末で住んでいる部屋の契約が切れるが、更新してまだ住み続けるか、どこかに引っ越すか、迷ってた。ちなみに、カッツカツの生活をしているので、更新するにしても引っ越すにしても、費用のあてすらまったくない状態。どちらにしても、費用を作らないといかん。そのためには、掛け持ちで何かバイトを探さなきゃー。いーやーだー。めんどくさい。

・図書館司書の資格取りたいな。ちょちょっと調べたら、近畿大学の通信教育で取るのが一番安く取れそう。スクーリングも全国主要都市で受講可能。いいねー。ま、どちらにせよ、まずは仕事増やして学費を稼がないと何も始まらんのだけど。うぅ。

・地震→原発爆発→放射能拡散→甘々の基準値で汚染食品流通→大気に放射能、雨にも放射能、土ぼこりにも放射能→いや〜〜もうこれはここに住んでいたくねぇなぁ〜。大貧乏くじ大会に強制参加させられるなんて、私はまっぴらごめん。玄米菜食で作り上げたせっかくの免疫も、低線量被曝で低下させられてるんじゃ?ふざけんなー!

・んじゃ、引っ越すか。どこ行こ?てか、とりあえずお金稼がなきゃ・・・。

・持ち前の運を生かし、週2〜3日のシフト制で公共図書館で閉館前3時間だけの配架(返却された本を書架に戻す作業)のバイトをゲット!
資格取得のための学費&引っ越し費用&仕事見つけるまでの生活費を稼げたらいいなと思ってたけど、時給安すぎで学費までは無理ぽ。でも、とにかく安くても引っ越せるだけのお金を稼げる仕事が見つかったってのはありがたい。しかも配架作業は楽しい。大学図書館と公共図書館の雰囲気の違いとかも肌で感じられて勉強になって嬉しい。

・いろいろ考えたけど、「お金を貯めたいのである程度仕事は選びたい」「誰も知ってる人がいない土地はつらい」ってのが大きめの心の声。
それに加えて、「どうせ近大の科目等履修生になるんなら、近くに行っちゃえば、大学の施設(主に図書館とE3[e-cube])使えるし、なかなかいいんじゃね?」「部屋借りるのめんどくさいし、持ち物も減らしたいから、シェアハウスとかに住みたい」「できたら英語圏にワーホリに行くことも視野に入れたいから、英会話が練習できる環境がいいな(ワーホリ行かなくても、海外経由の情報収集のためには英語力伸ばしたいしねー。もしかしたら将来この国を見限る可能性だってあるしねー)」などなど。

・よし、とりあえず大阪に行こう。ゆみりんのやってるゲストハウスに住んで、仕事を探そう。それから、シェアハウス探すなり、ゲストハウスにずっと住むなり、選べばいいじゃん。とにかく行くってことだけ、決めてしまえー!

・ずっと関東で生まれ育って、語学留学の6か月と船の3か月くらいしか離れたことないから、別の地域で暮らしてみたいな〜って気持ちはずっとあった。きっかけは不本意な出来事だけど、その憧れの気持ちが現実になるってわけだ。楽しもーっと♪
せっかくだから、関西弁マスターするぞー!自分にとっては苦手分野だと感じてたユーモアも、身につけるぞ〜〜!その他もろもろ、異文化を感じたいスー。

イマココ。

・ゆみりんを筆頭に52の友達もいっぱいいるから、遊んでもらお♪
何かあったら助けてもらお☆
頼りに出来る人たちがいるって、本当に心強い。

・できるだけ内部被爆をさけるためには、大阪行っても食べ物には気をつけないといけないし、瓦礫受け入れの問題もあるし、関西でもデモに参加する(&友達を作る!)つもりなので、基本的な生活の姿勢はそう変らんと思う。むしろ関西人の方が危機感薄い人が多いんじゃ?と不安だったりもするけど、まぁなんとでもなるよね。一人暮らしは気楽だったけど寂しくもあったので、ゲストハウスで家族ができるのが楽しみだよ。



大学時代の友達から「はよ来んさい」てメール来たーヽ(´ω`)ノ

仕事、いいのが見つかりますように。

3月1日に発売された文藝春秋の臨時増刊号「3.11から1年 100人の作家の言葉」を読んだ。
その中で、玄侑宗久氏の『光の山』という小説が印象的だった。
印象的というか・・・読後感モヤモヤというか・・・。
とにかくシュールな結末が気になって仕方なかったのだ。

2011年の原発事故から30年後という設定で書かれているこの短編小説では、放射能はそれほど恐ろしいものではないという語り口で話が進む。
ある程度の放射線は体にいいよねー的な。事故直後のあの当時は、みんなだいぶ心配しすぎだったよねー的な。
これといった起承転結があるわけでもない短い小説なのだけど、最後の方ではなんかもう「さ、それじゃみんなで放射線浴びに参りましょう!合掌」みたいなノリなのである。ほぼほぼ宗教なわけである。

これを読んだ時点で、私が玄侑宗久氏について知っていることは、作家であり僧侶でもあるということくらいだった。
芥川賞を受賞した『中陰の花』は読んだことがあったけど、それだけ。
原発推進なのか、容認なのか、反対なのか、放射能安全厨なのか、危険厨なのか、そのへんの情報は一切持ってなかった。
なので、作者がどういう意図でこういう話を創作したのかが見えず、けっこう困惑した。

ただ、感覚的に「これは、敢えてこういう設定にしているのだろうな」という気はした。
何コレ?安全厨小説か!?という可能性を思いつかなかったわけじゃない。
本気で安全だと思っちゃってる人もどうやらたくさんいるみたいだし、テレビだったら平気でそういうものを流すだろうからね。
でも、これは文藝春秋。いくらなんでもそんなバカっぽいお話載せやしないだろう、と。
作者の社会的立場や物書きとしての実績なんかを考えても、流石にそこまでレベル低くはないだろう、と。

だとすると、作者には何らかの意図があって、敢えてこの時期にこの設定でこういう物語を紡いだということで、言外に何を伝えたいのかを読み取る必要がある。
しかし、それがわからないーーー。
で、モヤモヤだったわけです。

ここまでが、金曜日の時点。


さて、それで、せっかくインターネット時代でもあることだし、さっそく玄侑和尚について軽くネットで調べてみた。
まず、福島県民であることを知った。しかも、私の友達が住んでいる田村郡三春町にお住まいとのこと(!)。
そしてどうやら明確に反原発の意を表明して文筆活動や社会的発言をしているモヨウ。
結果、やはりただの放射能安全説流布小説ではないという確信を得た。
しかし、かといって、いわゆる“危険厨”的な予防原則支持者でもないということもわかった。
どうやら、バランス論者らしい。

毎日新聞2010年2月3日夕刊の「特集ワイド:日本よ!悲しみを越えて 作家・玄侑宗久さん」という記事が、一番参考になった且つ考えさせられる材料になったので、リンクを貼っておきます。
(ここでは余談だけど「檀家(だんか)だけでも5人が自殺した。」って衝撃的なんですけど・・・!!!)

特集ワイド:日本よ!悲しみを越えて 作家・玄侑宗久さん
 <この国はどこへ行こうとしているのか>「閉じる」こと考えよう

http://www.genyusokyu.com/interview/mainichi2012/20120203.html
(毎日新聞 2010年2月3日夕刊 記事:山寺香)

私が、氏がバランス論者だと感じた部分を抜粋すると・・・

 「放射能の問題は、結局精神的な問題になってしまっています。年間100ミリシーベルト以下の低線量被ばくについては健康被害を示す明確なデータがない。現代人は分からないことに向き合うのが苦手ですからどちらかに分類したがり、その結果二つの極端な立場が生まれた。放射線は少なければよいと考える悲観的立場と、塩分などと同様に放射線も適量ならば体にいいという楽観的立場です。どちらも医学的には証明が難しいため、信仰に近い様相を呈しています」
 万が一を考えれば、悲観的立場の方が“正義”だろう。「注意しなければならないのは、こうした態度を他県の人から取られれば、それはあっさりと『差別』になってしまうということです。福島の人とは接しない方がいい、結婚しない方がいい、と」
 玄侑さんは、ひとまず冷静になって原発事故前の生活でどれだけ被ばくしていたか知る必要があるとし、放射性カリウムを例に説明する。
 「放射性セシウムばかり注目されていますが、もともと自然界には放射性カリウム40がある。我々にとって必須ミネラルであるカリウムのうち、0.01%は放射性カリウムで、バナナ1本に40ベクレル、米は1キロ当たり30ベクレル分が含まれる。体重60キロの人は約400ベクレルの放射線を発しています。これが有害なら母親が赤ちゃんを抱くのも危ない。今福島に必要なのは、信仰やイデオロギーに陥ることなく具体を見ながら対処することです。夢のような放射線ゼロを目指すこの正しき人々が、私は最も怖いのです」

というような発言。

まぁ、あっさり差別に・・・ってのは飛躍しすぎじゃね?というのと、放射性カリウムうんぬんのところは、事故由来で飛散した放射性物質は、比較対象ではなくて積算対象で考えないとダメだろ〜というツッコミは入れたいのだけど、話がずれるので、若干の不信感とともに(笑)ここでは割愛。
部分的な意見の相違はあって然りだけど、語弊を恐れずに「夢のような放射線ゼロを目指すこの正しき人々が、私は最も怖いのです」と言える感覚は、嫌いじゃないと思った。
これは、わかる気がする。予防原則に則って生活していても、常にセルフチェックは必要だ。

こうしてブログ記事を一本書こうと思ったくらいに、すごく面白いな〜と思ったのは、最近ちょうどこのバランスについて考えてたからなのだ。
私はここまで、できるだけ危機感を維持するために、予防原則に則って悲観論的に安全策を講じてきたんだけど、それゆえの気疲れやストレスもあり、かなり精神的にやばくなってきた。
このタイミングで、こういう考えの人の作品に興味を持ったっていうことそれ自体が、何か意味がありそう・・・と思ったわけだ。

ここまでの情報で、私なりに解釈した『光の山』に込められた意図というのは、「あ〜、逆バイアスってことなのかな?」というもの。
最近の自分の「気にしすぎてもう限界に近い」っていう苦しさがあったからこそそう思ったのかもしれないけど。
リスク回避の幅を十分取りたいがために、とにかく危険だ危険だ!って思って、そっち側に寄せられるだけ寄せりゃーいい、っていうのは、結局「極端」という意味では、「大丈夫大丈夫、心配ないよ、安全だよ」と思い込んでる人と同じだよ、悲観論に偏り過ぎるとそれはそれで弊害があるから、楽観論側へも意識してバイアスかけてみそ、みたいなことを氏は言いたいのでは?ということね。

答えを固定してしまうことは、そっから先は考え続けなくていいって意味で楽なので、それを敢えて避けてるこの人のバランス感覚はなかなかすごいかも、というのがこの時点での感想。
実際、今の自分の精神状態で『光の山』を読んだ時に、シュールさに戸惑いながらも「あぁ、こういう感覚のうちの何%かでも自分の中に取り入れることができれば、今よりは気楽に生活できるようになるのかもなぁ」と思ったりもしたし(しかしそれは間違ってるのかもしれない、というリスクももちろんあるわけだが)。

ここまで考えたところで、これはブログにUPしようと決めて文章を書き始めたのだが、書き始めて「あぁ、」と気付いたことがあった。
「これは批判なのか。“信仰になってしまっているぞ”という」。

先に言っておくと、逆バイアスと批判は、似てるけど違う。
逆バイアスは視野を狭くしないためのアドバイスと言えるし、「方法の提案」といった趣きが感じられるけど、批判はそういう甘さはない。
要はダメ出しなわけだから。良くも悪くも刺すような指摘であることは間違いない。

バランス論を説いてるのもウソじゃないんだろうけど、バランス論と見せかけて(というか、バランス論を利用して?)、放射能ゼロを目指す人たちに対して「信仰になってしまってるよ、それ」とツッコミを入れたいんじゃないだろうか、彼は。
小説の中で描いてるのは、放射能ゼロを目指す人たちとは反対側の「信仰になってしまってる人たち」なわけだけど、その、物語の設定への(ないわけがない)反発心を利用して、逆側からやんわり批判しているのではないだろうか。
どうだろう。

ここまでが、土曜日の時点。


そして、日曜日の明け方に、これに対して私はさらに反発したいと思った。
「夢のような放射線ゼロを目指すこの正しき人々が、私は最も怖いのです」という気持ちは、確かにわかるけど、じゃあゼロベクレル・ゼロシーベルト目指してる人たちがみんな妄信的で極端に悲観論的かと言えば、やっぱりそれも違うと思うからだ。

たぶん、もう(事故前の基準をゼロとした)ゼロベクレル・ゼロシーベルトなんて無理だって、多くの人がわかってるよね。
だって、食べ物や身の周りの製品で完璧にゼロにできたとしても、呼吸はしてるんだし。
でも、だからこそ、少しでも、ほんの少しでも減らそうとするが故の「努力目標ゼロベクレル・ゼロシーベルト」のはず(それを達成できないとは知っていながらも)。
そういう意味では、「ゼロを目指す正しき人々」の中にも、現実を見定めながらその時その時で判断して最善を選んだ「結果として」極端に見えるような軌跡になっているだけの人もいる、と言えると思う。

 「分からないことに分からないまま向き合い、曖昧模糊とした現実を暗中模索で進むしかないでしょう。それは福島に限りません。いくら計画を立てて将来が見えるつもりになっていても、先のことは分からないと今回の震災でみんなが痛感したはずです」
(中略)
 「分からないままで生きていながら、起こった出来事にフレキシブルに対応していく生き方が無常という力なのでしょうね。だから揺るぎない信念なんて持ってはいけないし、むしろ揺らいでいいんです。政治家だって、震災前と震災後で同じマニフェストでいけるはずがありません」
 「揺らぎながら生きるのは、坐禅と似ています。坐禅は動かないで座っているように見えますが、常に前後左右に微動しながら一番落ち着く重心を探す。外的な入力があれば敏感に反応し、また揺らいで重心を修正する」
(毎日新聞 2010年2月3日夕刊 記事:山寺香)

極端に固定してしまうのはやめようという主張(提案)は悪くないけど(常に自分を省みる、情報を疑ってみる、それは必要)、でもやはりこの問題に関しては、ニュートラルではありえないんだと改めて感じた。

放射性カリウムの例の出し方が「この人ダメかも」と思わせてる件もさることながら、住職という社会的立場として「逃げられない人」の部類に入る人なのだろうというところが、気になっている。
自覚の有無に関わらず、自分はここに居ざるを得ない(のだから、それを前提として判断をしていく)バイアスがかかってることは否めないだろう。

常にバランスを取り続けるっていうスタンスは、けっこう好きだ。
できるだけ意識していきたい、という思いもある。
実際、「私、気にしすぎかもしれない」と思えるようになったのは悪くない“揺らぎ”だと思っている。
だけど、これは精神的に強くないとなかなか難しいことだとも思う。
ある角度からはベストな方法に見えて、これはこれで発狂してしまう人もいるやろ。
だからこそ、人はどっかで答えを出してしまって、そこからは先は考えるのを止める(休む)という心理の働きを持ち合わせているのだろうし。


まとまったのかわからないけど、書けてよかったです。
読んでくれた人、おつかれさま(笑)。ありがとう。

このページのトップヘ