Nachico's logbook

쓰고 싶을 때에, 쓰고 싶은 말으로, 쓰고 싶은 것을, 쓰고 싶은 만큼.

2012年09月

宮台真司氏の『きみがモテれば、社会は変わる。』って本(よりみちパン!セ)を立ち読み。

「日本社会はもう終わってるクソ社会だ」って何度も何度も書いてあって、ちょっとだけ溜飲が下がった。

様々な社会的問題について考える時に、どうにかして変えていかなくちゃ…でも、どうかんばっても希望が持てない…って思って絶望的な気持ちになることが多い。
その閉塞感を「<悪い社会>は、永久に不滅です」って表現してて、「やっぱそうなんじゃん!」って思った。

つまり、卵が先か鶏が先かみたいな話で、社会が悪ければ、そんな社会では自分の力でものを考える人間は育たないし、そういう人間が少なければ、結局社会は変わりっこない。
永久に不滅です。ぐるぐる。

ホントに希望がない。

この国の平均労働時間がすごく長いことと、この国の自殺者数がむちゃくちゃ多いことは、統計的にも確かなことで、多くの人の中で感覚的にもつながってるはずなのに、「甘えたこと言ってるんじゃない」とか「周りにそんなこと言う人いないし」とか「もうそういうもんだと割り切って生きていくしかないじゃん」とか…。

いつまでたっても「経済が成長しさえすれば!」って言い続けるオトナとか…。


こんな社会で生きていくためには、鈍感にならないといけないんだ。
だって、たくさんたくさんある問題をいつも真剣に考えていたら、絶対頭がおかしくなる。体が悲鳴を上げる。心が折れてしまう。真面目に考えてる人の方が、損をする。繊細な人の方が、変人扱いされる。
Coccoみたいにね。
たくさんの、完璧主義過ぎてひきこもってしまった「元・いい子」たちみたいにね。

だからさ、私の周りにもたくさんいるけど、真面目に考えながらも、鈍感さを働かせてなんとか楽しくやっていこうとしているバランス感覚の持ち主って、実はすごいことをしてるんじゃないかと思う。(何をどのくらい真面目に考えてるかは、数字で測れるものでもないから、本当のところはわらないけどね)

自分にも何かできるはず、と信じながら、自分なんて大した存在じゃない、とちゃらんぽらんに生きること。

この世界は不条理で満ちているというのは真実で、だけど、この世界は生きる価値のある素晴らしいところだというのもまた真実なんだろうから、その矛盾というか、多面性に自分自身も対応できるようになることが必要。
でもそれには心の柔軟性が必要で…それがないと、精神的潔癖症の様相で、二項対立でしかものを考えらんなくなっちゃうんだろうな。

だって、矛盾してるもんね、明らかに。
理詰めで考える人には、理解できないあやふやさ、曖昧さ、いいかげんさ。


それがgoodなのかbadなのかはわからないけど、ただ毎日生きてるだけで自分がこんなに苦しいのも、ちゃんと自分の頭で考えて、当事者意識を持っていくつかの社会的問題と向き合ってるからこそなのかなって思ったら、ちょっとだけ気持ちがマシになった気もした。

でも、じゃあ、もっと気楽に生きていこうと思ったら、ここまで真剣に考えちゃいけないのかな。
でもそしたら、社会はやっぱり考えない人だらけになっていって(現に今そんな感じなんでしょ)、いつまでたっても変わらない…。
ぐるぐる。


どう思いますか?

何を書いてもうまく言える気がしないけど、このまま何にも書かずにいるよりは何でもいいから書いた方がまだマシな気分になるような気がして、とりあえず書いてみる。

生きていくのがめんどくさい…って気分。また。

でも、気分なんてちょっとしたことですぐにころころ変わるんだから、大丈夫なはず…とも、頭では思ってる。
波はあってあたりまえ、って。
それで楽になるわけじゃないけど。

船を降りたら、しばらくボーっとして、次の行動へのやる気が自然に起こってくるのをちゃんと待ってあげてから動き出したいと思ってた。
でも、お金もないし、自分の意思とは違うところで話は進むし、この、立ち止まっていられない感じがすごく怖い。
楽しみもあるけど、不安の方が多い、今は。

少しの間でも、心からホッとできる場所で何も考えずにボケーっと休めたら、また違う気がするんだけど…
自分にとってそれってどこだろうって考えたら、そんな場所ないって気付いてしまった。

しかも、こういうことをブログにいちいち書いてる自分に対しても、何なんだろうって思ったり。
何がしたいんだろう?
誰かにかまってほしいのかな?
かわいそうって思ってほしいわけじゃないけど、私はこんなんだから気ぃ遣ってほしいって心のどっかで思ってるんじゃないのか?って自分に優しくない質問したりする。また。

一人でいると寂しくて誰かに会いたくなるのに、
誰かと会うとそれはそれで疲れる(楽しいことは楽しいんだけどね。。。)。

深刻ぶったり、悲壮感漂わせたりするのはできるだけやめようって思ったのになー…。
でもさ、別にポーズでそうしてるわけじゃなくて、本当にそうなんだから仕方ないじゃん、って思う。
それも人生の一側面じゃんね。
明るいだけのキレイゴトは好きじゃないんよ。
でも、だからといって、こういうネガティブなことばっかが大切で深遠だとも思わないけど(昔は思ってた気がするな…)。

この文章もさ、誰に対して書いてるのか全然わかんないよね。
後で、元気になってから読み返したら、消したくなりそうだね。


しんどいなぁー。

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